水の城 いまだ落城せず2008-06-18

風野真知雄   祥伝社   670円

戦国時代というのは、ほんとにさまざまな奇妙な事実を残す。
織田信雄・徳川家康連合軍と秀吉の戦いなど、
戦術的にポイントを稼いでいた連合軍が、
秀吉の調略によって信雄が講和を結んでしまい、
振り上げた拳を下ろせなくなった家康の戦略的敗北を招いたばかりか、
佐々成政の北国での立ち枯れを招き、
結果として信雄の自滅へとつながってしまう。

そうかと思うと関が原では20万石程度の小大名が、
200万石もあろうかという大大名を盟主に担ぎつつも、
事実上の指揮官として戦うという妙な現象を出来させた。
関が原では必勝の布陣の西軍は、
有力大名が戦闘に加わることさえできないまま、
壊滅的な敗北につながり、
長曽我部の断絶などという笑えない事態を招いている。

こういう奇妙な事態というのは、実にあちこちで起きているのだ。

豊臣政権んが徳川の帰順により、磐石な政権となったのに、
時代が読めなかった関東の雄・北条氏は、
その名門意識を捨てきれず、国内情勢輪も読み違え、
秀吉との全面対決へと突き進んだ。

20万の兵力で関東に信仰する秀吉軍に対し、
北条氏は関東一円の武将を小田原に結集させ、
徳川や伊達の支援を期待して篭城に入る。
積極的な作戦も選択できたのにもかかわらず、
ただ、名状と名高い小田原城にのみ恃む篭城。
戦闘らしい戦闘もなく、、ただ巨大な兵力同士で対峙している間に、
秀吉は部隊を分散させ、関東の諸城攻略に着手する。

多くの城が数日で落城していく中、
平城の忍城だけは、わずかな兵力しかないのに、
2万の軍勢を前にしても落城せずに持ちこたえ、
小田原開城後まで、最大で5万の兵に囲まれても守りきった。

この奇跡的とも言える篭城戦を題材とする快作だ。

忍城に籠もるのは、武士と足軽合わせて500名。
勇将で知られる成田肥前守を城代に、
周辺の農民などの入場者を含めて3000名。
対するは石田三成を総大将とする大谷吉継勢を含む20000人。
5000が籠もる館林城を3日で落城させた勢いのまま、
忍城に押し寄せてくる。

開戦の最中、頼みの肥前守が病没し、
変わって総指揮を取ることになったのは成田長勝。
これといった戦闘実績もなく、茫洋とした人物である。

目から鼻に抜けるような聡明さを持つ三成とは、
長勝という男は対極ともいえる凡将だといえよう。
なのに、この長勝がしぶとい。
百章・町民の意見も吸い上げ、
三成軍の猛攻を凌いで行くのである。

6月5日に始まった戦闘は、途中水攻めにも耐え切り、
次々と増援部隊が集まる中、名将真田昌幸などが着陣してきてさえ、
7月11日までの38日間、その防備を崩されることなく、
ついに関東で唯一落とされることなく、生き残るのである。

痛快至極な物語をぜひ堪能あれ。

黄土の旗幟のもと2008-06-18

皇なつき   ウシオ出版   600円

著者は1967年生まれということで、現在は40歳を超えたというところ。
大学で日本文学を学んできたということだ。
題材には中国や朝鮮の歴史を扱ったものが多いが、
西洋ものやファンタジーも手がけるという。
イラストレーターとしての活動も多く、『岳飛伝』などの表紙も飾る。
漫画家としては当初『あすか』を中心に活動していたということだが、
現在は他の雑誌に連載しているとのことだ。

さて、『黄土の旗幟のもと』はコミック文庫として2005年に発売された。
表題作<壱>から<参>ほか、全6作品が収められている。
初出年度は1991年から1996年までのものが入っている。
『黄土の旗幟のもと』が本作品集の大半といってよい。
物語の舞台は明末となっている。

歴史上の事実に、
著者の造形した人物などを加えて構成したものと思う。
李巌=李信という公子が、明に見切りをつけ、
農民反乱軍の李自成に加担する中での苦悩を描いている。

李自成は実在の人物であり、
清に圧迫を受けていた明末に、
李巌の進言を受け入れ、「均田」「免糧」と軍規の保持を掲げ、
多くの農民の支持を受け、明の首都北京まで占拠した。
しかし、従うものが多くなっていくと伴に、
軍規も緩み、北京占領後、わずかな期間に人心を失い敗北、
ついには敗死した人物である。
時代が大きく動く中に生まれた英雄の一人といってよいだろう。

精緻な画と、李巌という魅力的な人物を据えた佳作だが、
李巌が合流し、民を糾合していく前で物語が止まってしまっている。
残念ながら未完の作品という印象しか持ち得ない。