われ、謙信なりせば2008-08-15

風野真知雄   祥伝社   657円

副題に「上杉景勝と直江兼続」。

「奇策」では初めて出会った風野作品は、
「水の城 いまだ落城せず」
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/06/18/3583051
でもそうだが、関東の戦国末期をよく扱う。

「奇策」が北方・伊達との戦いを描いていたのに対して、
本作品では、関東との対峙の瞬間を描いている。

上杉景勝という武将は、謙信と比べれば勇名は及ばないが、
なかなかの豪気に満ちた勇将のようだ。
景勝を支えた兼続も、秀吉から知将・勇将として讃えられ、知られている。
景勝も兼続も、謙信たらんとしていたというように世に伝えられている。
秀吉没後、家康が天下取りに乗り出したとき、
謙信の義を全うせんとして立ちはだかったのがこの主従である。

石田三成との黙契があったとされる上杉主従である。
家康の上杉討伐軍を北上させ、機内での三成挙兵を促し、
三成との挟撃を図っていたとの観測もよく出されるが、
深い謀計がなされていたとは風野氏は採らない。

義と武門の意地を貫こうとする景勝がいて、
景勝を天下人たらしめんとする兼続がいる。
そうした微妙な主従の思惑の違いを下敷きにして、
関ヶ原戦役の謎解きをして見せるのである。

佐竹80万石と上杉120万石の連携があれば、
家康と対峙しても戦える。
関ヶ原に向かう家康を追い落としにかけたなら、
この後の歴史は大きく変わったのかもしれない。

謙信の影を追い求め続けた主従の、
けれんみのない生き様が清々しい。

最後に配された章が、義を重んじる上杉の家風を爽やかに示す。
幕末にまで義を重んじる上杉魂は連綿と続いていくる

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/08/15/3691370/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。