ちょっとだけ下僕を離れてみた。2008-08-25

今回の八ヶ岳行きでは、
初日はリバーランドで川遊び。
二日目は犬の牧場で放牧。
三日目はしばし下僕を辞めホールオブホールズ探訪。
それと滝沢牧場で放牧。
最終日は雨の犬の牧場で放牧。
このような日程となる。

ホール・オブ・ホールズはい全から一度訪れたいと思っていたので、
今回のたびでただひとつの我がままとして行ってきた。
ちんけなオルゴールとは違い楽器というのがわかるよね。
あのでかさ・音量・精巧さ。
芸術品としか言いようがない。
フルオケを聞くのと大差なく、CDなど目じゃない迫力。
あれが800円(JAF会員は600円)なら安い入館料だ。

犬たちの最終日を除いた3日間の解放ぶりは別館に近くアップするつもりです。

ジョンの命日2008-08-25

8月25日。ジョンが逝ってしまった日だ。
ジョンを偲んで思い出を語る日にしたかったが、
あいにく雇われ人だから、かんたんに時間を取れるわけもない。

昨年7月3日に獣医でリンパ腫の疑いがあると聞かされてから、
力尽きて息絶えるまで50日強。
闘病中はさぞや辛かったろうに、僕に迷惑をかけまいとしていた。
体がえらいだろうから室内で粗相したって仕方ないと思っていた。
ふらふらの状態になったときでも、勝手口まで這っていき、
扉が閉まっているためお漏らしして、切なそうに僕を見ていた。
後片付けをしていたら、ごめんとでも言うように恐縮していた。

ジョンは8歳になって家に来た。
僕に対しては最初から甘えていたように思うが、
「そらん」にも、母にも、その他家族にも甘え方がわからず、
来た頃は「そらん」に遠慮し、母に遠慮し、
家での生活を緊張した状況で迎えた。
時が経つにつれ少しずつ、ほんとに少しずつ馴染んできて、
やっと解放された表情で、我が家での生活を楽しみだしたばかりだった。
病気の発覚前に行った八ヶ岳では、
「そらん」と互角に張り合いマウントされれば怒れるほどになり、
泳ぎ、走り、自由な疾走をして見せた。
心から家での生活を楽しめるようになっていたと思う。
来た当初は痛んでいた関節も、各種サプリが効いていたのか、
「そらん」と併走するほどの姿を見せていた。

ほんとうに、叱るところのない犬だった。

無常にもジョンがジョンらしく楽しめるときは短く終わった。
駆け足で去って行ったジョンだけれど、
いつまでも「よい犬」だったと僕は記憶していく。
たった一年半が、振り返れば長い時間だったと感じる。

歯が浮くようなことを言う。
どうか「ごお」と一緒に走り回って待っていて欲しい。
いつか、いつになるかはわからないけど、
「そらん」も僕もそこに行く。
もし僕に文句があったのなら、その時聞かせて欲しい。
でも、できるなら僕といてよかったといって欲しいけど、

ジョンと暮らした日々は忘れられない記憶だよ。