12月でも生きてる。2019-12-01

11月30日を超すのはむつかしいだろうと思っていた。

もうあちこちが冷たくなってきているが、それでも頑張っている。
食べられなくなって6日、水が飲めなくなって2日
もう筋肉などほとんど残っていない。
ただただ横たわるだけ。

昨晩は午前3時ごろすごく啼いた。
何をしてほしいのかすぐにわからないのがもどかしい。
ウンチがしたかったのだ。
全く立てなかった。だから尻周りが汚れる。
固形状は少しだけ。ほとんど水便。おまけに多量の血が混じる。

それから今までの間に5度の水便と2度の嘔吐
たびごとに呼ばれる。そして洗って乾かしを繰り返す。
もう体には出せる水分などなかろうに。

今は体を撫でてやらないと呼ぶ。
名を呼び体をさするとしばらく寝る。
ダガ、少し時間がたつと鳴く。

死を感じているのかもしない。
明日の陽を見られるのだろうか。

とうとう2019-12-02

12年と8か月と23日。
それが「はいら」の生きた時間になった。

朝起きたときは、すでに手足は冷たくなっていて、
焦点がない目線になっている。
それでも声を掛けたら反応があった。
シリンジで口の横から水を入れてやると、
舌が動き少量とは言うものの飲んだ。

それからしばらくは汚れ物の処理をしながら様子を見ていた。
ときおり苦し気にうめく。
その都度横に行き撫でてやる。
そうすると静かになる。
一時間ばかりそうしていただろうか。
「まこら」の散歩を済ませ、様子を見ると意識が混濁している。
「まこら」が舐めに行っても反応がない。

9時に、いま一度シリンジで水を与えてみたが、
舐める力は、もうなかった。
僕と「まこら」が食事のため離れてから、
9時20分に戻った時に呼吸をしていたものの、
しばらくして呼吸がなくなった。
心臓も動きを止めてしまった。

汚れていたところをきれいにし、
最後の3日間の、ほんまになんもしてやれなかったことを悔やむ。
尿院に行き、点滴など施せば、もう少しだけ生きていられたかも。
でも苦しい時間を長く過ごさせるだけだったろう。
胃も腸もがんだらけだったのだろう。
昨夜からの出血や嘔吐が物語る。

とうとう最後の一頭だけになってしまった。

はや10日たった。2019-12-10

「はいら」がいなくなって10日がたつ。
いつものことだが寂しい。
いつものことだが残されたものはいつもより密着する。
「まこら」が側から離れなくなった。
もとより甘えたな奴だったが、輪をかけて。

僕はと言えば、「はいら」の世話にかけていた時間が無くなり、
また抱えてやる必要がまくなり、
体が楽になり、追い詰められた気持ちも薄れた。

一日に2、3度、足の壊死して英区間部を洗浄・消毒し、包帯を仕替え、
血や体液で汚れた床を清拭し,
敷物やハニカム動議を洗ったり、干したりした時間。
立ち上がれないから外に連れていき、排尿・排便の補助をし、
ときにうんちまみれになるお尻を洗い、乾かし、食事介助をする。
そうした時がなくなったのだ。

とても楽にはなったが、無性に悲しい。

もう一匹は、僕の年齢から考えれば、厳しい。
このままなら「まこら」は分離不安を示し始めるかもしれない。
そこにいるだけで、動けなくとも、
「はいら」は「まこら」の面倒を見ていたのだと知る。

じわじわ2019-12-27

「はいら」が旅立って25日が過ぎた。

あんまり動かない奴だったから、
寂しさは、そう大きくないのかなと思っていた。
が、想像以上にこたえている。

結局のところ、飼い犬が死ぬと
それがどんな風な性格、経緯であっても、
喪失感に差などない。

一頭が息絶えれば残された犬は途端に極端な甘えたになる。
それも大差ない。
生き物と暮らす限り変わりないのだと知る。

「はいら」がいなくなってから、
「まこら」は散歩で走ることが多くなった。
自分の元気を抑える必要がなくなったのだ。
僕がついていくのはしんどいということは考えない。
「はいら」には配慮しても、飼い主へは遠慮なし。
そういうものなんだそうだ。

しばらく動かしていなかったビデオカメラを復活させたら、
録画されたファイルに6年前のものがあった。
中では「そらん」と「はいら」が様々な場所でhしゃぐ姿があった。
記憶よりずっと元気に走る「はいら」がいた。
いつでも動かずに寝ている印象が強かったが、
そうでもない姿に、記憶がよみがえる。
「そらん」が特別に活発だったから
いつの間にか「動く犬ではないと刷り込んでいただけらしい。

起きていても、寝ていても、
そこにいない犬たちの不在に泣きそうな気分になる。.

カセット・デッキ買った。2019-12-27

SONY TC K222ESJは結局治らなかった。
躯体を分解し、ユニットを取り外しベルト交換したところ、
組みなおす際に大失敗してしまった。
キャプスタン軸を痛めてしまう。
結局再生不可能になってしまった。

中古品を買おうかとも考えたが、
いまいち信頼できそうにないから、
唯一の新品購入が可能な機種
TEACのAD-850を買うことにした。
3万5000円ほどの出費になったが仕方ない。
テープ資産のデジタル化のためだ。

カセット・デッキが滅びてから10と幾年。
この短期間でこれほど劣化したのかと驚く。
周波数特性は50~12000Hz 
ワウフラは0.25%、SN比は59㏈。
当時の安物の機種にすら及ばない。
ドルビー・NRやバイアス調整機構もない。
カセットトレイは滑らかさのかけらもなく
全体に安物の作りにしか思えない。

もし当時の高級機並みのものを作れば
一体いくらになってしまうのだろう。
作ったところでさほど売れるとは考えられないので
レコードプレイヤーより高価になるのは間違いなさそうだ。

それでもL-カセットやLDより幸運だった。
とりあえず再生可能な環境は作れたのだから。

デジタル化進捗状況2019-12-28

12/28現在3400タイトルまで進んでいる。
LPがあと700枚くらいにCDがあと900枚くらい、
それとカセットが200本。
その他メディアは再生機がないのでできそうにない。
(処理済みのものはタイトル数で表しているから
実ディスク数とは違う数字になる。)

2018年1月の頃は1400タイトル当たりだったから
この2年間で2000タイトル進んだ。
相当なスピードで来たといえる。

数十枚からの行方不明のディスクがあると気づく。
ほぼCDで、何割かは貸している記憶があるのだが、
誰にいつ貸したか定かではない。
あとのものは貸した記憶もない。どこに消えたのやら。

貸した相手を覚えているものも幾らかはあり、
連絡したところ借りた記憶がないらしい。
さてどちらの記憶が正しいのやら。

過去には、また貸しされ、
貸した相手と違う相手から返却されたこともある。
貸した相手が自分のものと思い込んでいたこともある。
そんなこんなで
たぶん戻ってくることなんてないんだろうなあ。
結構お気に入りのものもあるだけに残念。