信長を生んだ男2021-01-16

霧島兵庫  新潮文庫

単行本は平成29年に刊行されている。

織田信長は作家にとって魅力的な題材に間違いがなく、
彼自身を主とした物語は数多ある。
また本能寺の変のいきさつにのみ焦点を当てた作品も多い。
明智光秀との対比も数多くなされている。
ただ、たいていは桶狭間の戦い後に熱量が割かれ、
以前の事象には斬新な解釈がなされるような物語はあまりなかった。
この「信長を生んだ男」は、そういう信長の物語の中では
意表を突く視点で書かれている。織田信行が主人公なのである。

織田信行、兄・信長と覇を争いだまし討ちされた弟が描かれる。
その造形は従来説とは全く異なる。

信行は母に愛された甘えた男と書かれることが多いが
この作品の信行は、信長に匹敵する能力を有していたと解釈する。
信長の覇業を助けんと欲し、太原雪斎たらんとした男と描かれる。

信長は生涯で多くの非情な行いを行っている。
比叡山焼き討ち、一向一揆のなで斬り等々。
だが一時期の信長は明らかに非常に徹しきれない時期がある。
その変容を著者は帰蝶にあったとするのだ。
帰蝶は、作品の中で兄弟融和を果たさせている。
信行は、信長の他者に勝る資質を発揮し続けられるよう、
ある計略を実行する。命を懸けて。

帰蝶、信長、信行の関係は、それぞれにハードボイルドなのだ。

小説の最初と最後に
越前一向一揆での津田信澄と柴田勝家の会話が置かれている。
津田信澄は信行の子である。
一般には謀反人の子は生き永らえたとしても庶子に落ち
政権中枢から遠ざけられるのが常だが、
光秀謀反まで彼は侍大将として信長下にいる。
その理由の在り方も見事。柴田勝家が離反した理由も見事。
墓所に信秀、信行、勝家がともにまつられているということに
この作品が嬉しい解釈を与えている。

信長島の惨劇2021-01-03

田中啓文

うーん、この歴史を題材にしたミステリを表現する言葉が見つけられない。
バカミスとするのが適切なように思うが、
何やら、知られている史実に合わせるためにか、
アクロバティックな仕掛けをし過ぎていて、
さすがにそれはないじゃんか、と興をそがれた。
が、放り出しそうになりつつも、最後まで読ませたのだから、
面白いとは感じていたのだろう。
読み終えた今は856円返して欲しいと思っている。

本能寺の変の原因が、この書の肝になっているわけだが、
その入れ替わりがあったとしたら、
互いにもっと違う動きをしていたに違いなく
この物語のようには進みがたい。
信長は明智家を重視せざるを得ない立場になり
明智は信長を滅ぼすことだけはできなくなったはずになる。

ま、そこを見過ごすことができるなら、
エンターテイメントとしては成り立つ。多分。

しかし、最初の30ページほどで、
その入れ替わりを意識させる露骨な性格描写は
これでもかというほど突き付けている。
ならば読者にはちゃんと初めに種明かしをしておいたほうがいいよな。

田中さんはベテラン作家のようで、著書の数は多い。
主戦場はホラー系のようだから、読んでいても不思議はないのに、
読んでいたとしても不思議ではないのだが
タイトルを見てもピンとこない。
全く記憶にない。だから印象に残るものではなかったのか。
もしかしたら初めて著作を読んだのかも。

山崎の戦いを終えた後、清須会議までの間に、
死した信長の書状により、
秀吉、勝家、家康、高山右近の四将に、
森蘭丸、千宗易、弥助、細川ガラシャが
三河湾の小島に招き集められた。
四将には、それぞれ秘め事があり、
出所不明の書状であれ応じざるを得ない。
そして姿を現さぬ信長により
次々に見立てによる粛清がなされていく。

でたらめなんだが、つじつまだけは合うという離れ業作品。

個人的には、買ってまでして読むのはやめたほうがいいと思う。
借りて読むなら腹は立ちません。
好き好きだとは思うが、僕には何の評価もできません。
SFとしても、ミステリとしても中途半端です。
クリスティの「そして誰もいなくなった」をオマージュしたというが、
名作が迷作にされてしまっては悲しいのだ。

信長の原理2020-12-29

垣根涼介 著  

垣根さんの作品は「光秀の定理」と「狛犬ジョンの軌跡」の
2作品を読んだだけだ。
「狛犬ジョンの軌跡」はファンタジーとして秀逸だったように記憶する。
「光秀の定理」は、モンティホール問題等の確率論を
物語の中心において光秀の織田軍団の中での軌跡を描く。
数学の考え方は、説明で分かったつもりにはなれるが、
すぐに理解は明後日のほうに行くので、
読んでいて不思議な気分にさせられたものの
新しい歴史小説の在り方かと感心させられたものだ・

「信長の原理」は「働きアリの法則」として知られるものがベースとなる。
いわば常に頑張るものは少数で、
多くの引っ張られていくものと、
頑張るものと同じ程度にさぼるものがいるという観測結果を
歴史小説に落とし込んだものだ。

いやはや、信長というリアリストの在り方に、
このような光の当て方があったとは。

のぶながが「働きアリの法則」を考え抜いた末、
発見していくさまが読ませる。
そして松永久秀の裏切りの不可解さなども
筋が通て行くのだから見事。

本能寺の変まで、信長が見出した原理で解釈してしまえるのも
とても興味深い点だった。

次は宇喜多直家を主人公に据えた物語を書いているという。
どんな仕掛けであるか興味津々。、

合理的にあり得ない 柚月裕子2020-09-24

講談社文庫。副題は「上水流涼子の解明」。単行本は2017年刊。

「孤狼の血」「盤上の向日葵」で知られる著者の

それぞれ確率的、合理的、戦術的、心情的、心理的とされた
5編の短編からなる一冊で、そのタイトルに沿った解決が行われる。
この趣向と、美しい元弁護士・涼子を探偵に、
知略に優れた木山が助手役に据えられた二人のキャラが物語を彩る。
5つの作品を読み進めるうち、涼子と貴山の人物像がはっきりしていく。
涼子が弁護士資格をはく奪されたわけ、
貴山が涼子の助手を務めるわけが浮かぶ。

預言者を信じる経営者、悠々自適の引退生活で金遣いの荒くなる妻、
賭け将棋に興じるやくざ、孫を連れ去られた企業グループ会長、野球賭博でのトラブル、
解決に至る道筋はいろいろあれど痛快である。

事件解決に導くのがミステリの主流だが、
柚月さんのこの作品は事件に関わった人物の心情を解決することに向けられている。
こういう作品の趣向はめったにお目にかかれない。

童の神 今村翔吾2020-09-24

ハルキ文庫。単行本は2018年刊

昔話だとか伝説・民間伝承には、失われた事実が隠されている。
そうした研究は実際に行われていて、いくつかの消された歴史が復元されてきた。
正史は、勝者の側が編んだものであり、敗者には別な見え方があったであろうことは
わざわざ述べるまでもないことだろう。

さて、この「童の神」は、御伽草紙などで知られる酒呑童子だとか茨木童子といった面々が
源頼光と四天皇と激突する活劇になっている。
童はしもべという意味があり朝廷の奴婢的な存在で
中央から、武力的に圧せられており、重税を課され苦しさに耐えている。
そういう現状を変えようとする者が朝廷にいて、
そえを利用し政界でのし上がろうとする者がいる。
後に「安和の変」と名付けられる騒動がプロローグとなる。
平将門の落胤が登場したりとプロローグだけですでに一作品できそうな豪華さなのだ。

いよいよ本作の主人公が登場する。
越後の連家に「安和の変」後の日食の年に生まれた桜暁丸。
後に酒呑童子と呼ばれることとなる。
師に恵まれ文武に秀でた存在となるも
重税を課された越後は、源頼光に襲われ一族滅亡に合う。
そして京周辺に出てくることとなる。

やがて各地の童たちと親交をかさね、その中心になっていく。

人として当たり前の生活が得られるようにと奔走し
やがて朝廷との闘争になっていく。

結末は打ち滅ばされるには違いないが、
源頼光をはじめとした中央政界の権謀術数に対して
真っ正直な戦いを挑み続け苦闘するさまを読ませる。
「鬼に横道なきものを」。最後に置かれたセリフが清々しい。

高橋克彦の東北4部作に匹敵する傑作。

たこ焼きの岸本 蓮見恭子2020-09-22

ハルキ文庫。書下ろし作品。2020年度【大阪ほんま本大賞】受賞

住吉大社は大阪屈指の初もうでスポットで、
周りの様子はこの50年でずいぶん変わったものの、
大阪では唯一となった路面電車が走る地で
昔の下町然としたたたずまいを色濃く残しもしている。
また、招き猫で有名な初辰参りなどは、
商売人が信心し続けている習俗もある。

僕は長らく足を運んでいないが、
初辰参りは20代後半から30代にかけての4年間、
あのかわいらしい小さな招き猫欲しさにせっせと通ったことがある。
そうした時に見た街の様子が、この作品には滲んでいる。
どんどんと東京化(繁華街は新宿、住宅地は洒落た街並み)していく。
そんな中で雑然とした昔の下町風情が色濃く残るところなのだ。
このような町が残る場所はほんとに少なくなった。

そうした土地柄は住人の気心が通じ合う、
言い換えれば少しおせっかいな結びつきが残るのだ。

この作品には、失われていく人情が描かれている。

これがノスタルジーな物語であることが悲しい。

椿井文書 馬部隆弘2020-09-18

中公新書の一冊。

椿井文書というのは、地域史で相当数引用され、
その存在が半ば公認されている。
江戸後期に生きた椿井政隆が創り上げたもので、
現在では偽書とされているのである。
しかし今にあっても、その内容は事実として流布し、
その近畿一円で多くの寺社縁起や旧家の家系図などに
影響し続けているらしい。

そもそもなぜ信じられたのかといえば、
他の文書との整合性を保つよう、人が望む形にうまく適合させ、
抜け落ちた部分を補完する形で創られていることにあるらしい。
作成に当たっては利益相反するものにも一定配慮されているから、
総論になっても受け入れやすいようになっている。

政隆は何のために偽書を作ったのか。
椿井文書の頒布過程では売買されていることが指摘されている。
買い求めた者の利益を導くように作られるのである。
買った者は利益を確保するためには積極的に開示する必要がある。
つまりは強い伝播力を有することとなる。
それは広く事実として流布し、さらなるすそ野を広げる元となる。

このようにして椿井政隆の創作による文書が広く広まった。
そのことを否定してしまえば、その地域の歴史通念が崩壊してしまう。
偽書との指摘があっても、
何らかの事実があっての文書であらねば困るのである。
だから命脈を保ち続ける。

数百点もの絵図・文書を、相互に関連させる手腕は見事である。
天才であったということなのだろう。

こうしたことを著者は、実例を挙げつつ本書をまとめている。

歴史家の指摘は下手な小説以上に面白い。

水壁 高橋克彦2020-09-17

7月に講談社文庫から刊行された2017発表の作品。
「風の陣」「火怨」に置かれる時系列にある。
歴史事実を東北から見つめ再評価する小説。
この後に「炎立つ」が続く。

阿弖流為の刑死から75年、蝦夷は朝廷の圧政に苦しんでいた。
阿弖流為から4代めの天日子は蘇我一族の下にいた。
彼は苦しむ蝦夷たちを救うため立ち上がる。
集まった者たちはいかにして朝廷に立ち向かうのか。

中央に対して戦いを挑み
唯一勝利を得たとされる「元慶の乱」を題材とした
痛快な小説。

が、資料の少ないのが災いしたにか、
臨場感や躍動感がやや不足したやに思えるのだ。
単独で読むのではなく、「風の陣」「火怨」と、
順を踏んで読まないと後悔する羽目になる。
そのように思うのです。

祭火小夜の後悔 秋竹サラダ2020-09-16

角川ホラー文庫の一冊。日本ホラー小説大賞受賞作。
帯の「新しい恐ろしさに惹かれて購入した。
おどろおどろしさは感じない。たんぱくな中に怖さがある。
特殊な能力を持つ霊能者が活躍するというものではなく、
知っているから対処できるという設定になる。

ここに登場する怪異たちは、
明確な意思を有し人に害をなす存在ではなく、
彼らなりの規範をもって行動していて、
彼らなりの理屈が時として人に障るという存在だ。

古い校舎で床板を裏返していく「あれ」。
たまたま返される板の上にいると飲み込まれてしまう。
夜に現れる奇怪な虫「にじり虫」
人に願うものを与える「しげとら」。
10年後に貸したものを取り立てに来る。
それぞれに不気味な存在であり、関わる側次第で恐怖をもたらす。
本質は無邪気なものでもある。

さてこれら怪異に遭遇した人たちを救うのは
日本人形のように長い黒髪の美しい祭火小夜である。
兄が教え残した不思議な存在の知識を持っている。
それぞれに怪異に出会った者たちにアドバイスを行い助ける。

助けられた者たちは小夜に恩義を感じ惹かれている。
そして中編ともいえる「祭りの夜に」になだれ込む。
3人の協力を得て過去に干渉する冒険譚になっている。
兄を殺した怪異と対決し、兄の死を阻止しようというのだ。
ここに登場する怪異が一番の恐ろしさを持っている。
なぜ小夜の兄が死に至ったかも明らかにされる。
結末はパラドックスがあるように思うが、深く悩んではいけない。
そんなことがあるもんだと読み終えるべし。

「祭火小夜の再会」は、続編。こちらも4つの連作短編である。
前作に続く時間の「証」は
小夜の中学時代の同級生・浦澤圭香の災難に始まる。
二つ目以降は小夜の中学時代が描かれる。
そこでの圭香との親密さを思えば「証」での関係が謎めいてくる。
その謎は4作目「レプリカ」で解き明かされる。
優しい怪異の存在に驚きを覚える。

ストリー展開がいい。こういうの好きだ

少年と犬 馳星周2020-09-15

2020年上半期「直木賞」受賞作品になった。
長いキャリアを持つ著者なので、今更な気がする。
小説として駄作などという気はさらさらないが、
すでに手あかのついたテーマで、斬新さなどないと思うのだが
なぜか評者の弁は、動物小説の新機軸のような取り扱いが目立つ。
一頭の犬がさすらい目的地に向かうという話なのだが、
それを犬の目線ではなく移動時にかかわる人の目線で描いている。
6編の短編からなる連作長編になる。そのエピソードは馳作品らしい。
どうしようもない底辺の人間であったり、行き場を失った者たち、
そういう視点で犬を描き、犬の気高さがにじむありようは好みだが、
あまりにも現実離れしたファンタジーにすぎない。
ファンタジーゆえにハッピーエンドで終わらせのも馳さんらしい。

犬文学のショールーム的作品だと思う。
作品としては「走ろうぜ、マージ」などのほうがはるかに優れていると思う。
(エッセイだという向きもあろうが、あくまで小説だと思っている)

「この犬の歩むところ」だとか、西村寿行、
前世紀の名作犬物語「ラッシー」や「ロンドン」
そうした昔の作品を超えるものではないと思うが、楽しめる。
かなり売れているようだが、これら先行作を読んだ人ならば
スルーしていてよかろうと。…。