幻想遊園地2022-04-16

堀川アサコ

「幻想郵便局」に始まる幻想シリーズの10作目になる。

何作か読み逃しているが大半は付き合っている。
その中で思うのは語り口がどんどん平易になってきているな、と。
読みやすいのはいいのだけれど、軽すぎてつまらないと感じる。
今回は第1作で顔を見せていた真理子さんがが主人公に設定される。
また歴代作品の主要人物も大挙して登場する。
初期のシリーズは一部で作中人物が交錯してはいても
独立した感であったが、もはや登場人物は固定化されている。
読み手には種ばらしをしているわけで、安定シリーズになってしまった。


とにかく軽い。ホラーというよりファンタジー。
怖くもないし驚きもない。新しさもなければ感動もない。
ないものばかりが多いけれど、妙に懐かしい語り口。
はまってしまえば読み続けることになるので
時間が有り余っている人以外は手に取らないほうが無難である。

ハウ2022-04-16

斎藤ひろし

犬物はこう書けという見本だね。
「迷犬マジック」の感想でも書いたように
犬物を数冊読んでいるなら、あえて読むものではない。

この手の物語は予想外の物語は生まない。
判で押したような物語ばかりになる。

中でも「ハウ」は奇跡をてんこ盛りにしてしまっている点で、
ちょっとばかり作者の勇気に感動してしまった。

犬物をあまり読んでいない人なら読んでも損はないと思うが、
あまりお勧めしたいものではない。

ちなみに「ハウ」はラブラドール・イエロー(白)だそうだ。
「ハウ」は、声帯切除された吠え声から名がとられている。
はじめに描かれる飼い主は、式前日に婚約者に逃げられた
それも紹介してくれた交配に寝取られたしがない公務員で、
上司から犬でも飼えとお躾けられた犬と暮らす男だ。
買い物中に係留していたものが子供たちと遊ぶうち
長距離トラックに乗り込んでしまい遠方へ。
さんざ苦労しながら帰巣本能を頼りに旅していく。
その過程でいくつもの出会いで人を救ったり。…

一方飼い主はペット・ロスで闇落ちしもがく。
カウンセリングで立ち直っていき、
立ち直った時に再会するが、名の変わった姿を知り別れを選択する。
そのあとには新しい人との関係が待っている。

ま。安定の王道だ。
類似小説にさえなじみがなければ読んで損なし。だろう。

翻弄2022-04-06

上田秀人

長宗我部盛親と徳川秀忠。元親と家康という偉大な父の跡を継ぐ二人、
関ヶ原の役で別れる二人の姿を描く。
英才教育を家康から施される秀忠の鬱屈、
元親が期待した長男の落命により、成り行きで家督を継ぐこととなった盛親。
盛親は落胆した元親からろくな教えを得ず家臣の助言に振り回される。
そうして改易の憂き目を見ることになる。

大阪の役に向けて二人の鬱屈と願望が語られていく。
秀忠と盛親を対比していることで、後継者がどうなっていくのかは
本人に訪れるほんのちょっとの運の違いだと知らされる。

どちらがより恵まれているというのか。読後に余韻を残す。

上田秀人は「天守信長 裏・表」を読んだ記憶がある。
本能寺の変を、信長の策士策に溺れる無様を描いた点で
とても面白い体験をさせてもらった。

本作品では「天守信長」に見るような壮大な創作はないけれど、
やっぱり独自性の強い所に好感を持った。
滅びる長曾我部家と栄える徳川家を扱うことで、
新しい読み心地を大阪の役に見いだせる。

甘美なる誘拐2022-04-06

平井紀一

第19回「このミステリがすごい」大賞で文庫グランプリを受賞した作品ということで
結構期待して読んだ。期待に対しては十分満足して読み終えたけれど、
物語の中盤までがまどろこしくて、なかなかいっき読みとならなかったのが残念だ。

盃を受けていない見習いやくざ二人が
暴力団の雑用をこなすうちいろいろな案件にかかわり
殺人現場に出くわしたり、地上げ被害者を知ったり、右往左往するパートと
傾いた事業を維持しようと奮戦を続ける親娘が
地上げの嫌がらせに手形詐欺といたぶられるパートが描かれるのが前半。
後半に入り新興宗教団体の娘を誘拐する計画が明らかになる。
そこから物語はギアチェンジされ怒涛の展開となる。

誘拐のどさくさに当籤宝くじ横取りを企むチンピラ二人が
前半で起きるすべての事象を利用し、
華麗に身代金をかすめ取るは、宝くじ横取りに成功するは、
苦しむ親娘は救済されるは、誘拐された教祖の娘まで心の救済が得られるは、
後味が良い所に好感が持てる。

しかしなのである。チンピラ二人多額のお金を手にしたものの
組から足を洗えるのかい?些細だが疑問なのである。
こういう場合見過ごされる確率って高いのか?

「甘美なる作戦」が原タイトルであったということで
そちらのほうが内容にふさわしいような気がする。

落花2022-03-18

澤田瞳子

澤田瞳子は読んだことがあるように思っていたがはじめてのようだ。
澤田ふじ子と混同しているのかも。

天皇の従兄で真言宗の声明の大成者僧・寛朝が語り部となり、
平将門の人物を浮かびあがらせていく。

寛朝の声明を求めての東北下向中に将門との邂逅があって、
将門の姿に理想の音を見出し、音を求めての交遊を描いている。
「将門記」が下敷きとしてある。

作品中では寛朝従者に千歳という卑賎の出の音曲の天才を配し、
その野望が人々を惑わせていき、将門の反乱が大きくなっていく仕掛けが施される。
寛朝は後に千歳の中に自分を見る。

坂東に生まれた気風が、寛朝に新たな風を感じさせて終わる。

将門の造形は反逆者でも英雄でもない。
坂東という地域の持つ荒々しさの中で、
ただ自分の周りの者の幸せを与えんと欲した、
政治感覚の欠如した
お人好しで力に依存するものとして描かれる。
彼の懐に入れば、無垢な者はさわやかさを感じるのだ。
そのありように寛朝は強く惹かれる。
己が欲望に利するため嘘を並べ立てる輩が、
将門の力を利用しようとし、
さらに千歳が欲望の成就に向け親王を巫告し、
将門周辺が親王を寿いだがため朝廷と対立することになる。。
政治的な危険を知らせる寛朝に対し、
将門は懐にいるものを見放せぬと言い、破滅に向かう。

この辺りの描き方は、他の作品にない新しさといえる。

きみはだれかのどうでもいい人2022-03-14

伊藤朱里

県の納税事務所に勤める4人の女性の物語が絡み合う。

触媒は須藤深雪という、統合失調症なのか、それとも別な何かなのか、
心配りができない。てきぱきできない。言われたことしかできない。
手際が悪い。その他もろもろ。
とにかく他人をイラつかせる人物が務める。
4人は、それぞれ何らかの傷を持っている。
その傷に須藤深雪は、その存在がいるだけで、波風を立たせる。
それぞれの傷らしきものと須藤深雪が絡み合う時
それぞれが、それぞれなし方で須藤深雪を傷つける。
そして心が壊れた須藤深雪が記憶喪失になり退職する。

退職した彼女の両親が職場で何が起きていたかを追求する。

その過程で、追い込んだのが自分だと白状する女性の第4章で
作品に流れる基調が明らかになる。
人は必ず誰かを傷つけている。自覚的であれ、無自覚であれ・
そうした行為について人は誰もが「忘れるけれど、許さない。」のだ。

須藤深雪は、すべてを忘れるだけだ。許さないという救いを与えない。
そういう点では一番卑怯な存在でもある。

無垢であることが、誰かに血を流させることだって多いのだ。

迷犬マジック2022-03-13

山本甲士

犬物を見かけたら買ってしまうのが癖だ。
だんだんと当たりが少なくなってきているのはどうしたわけだろう。
どれも犬好きが喜びそうなストリー。
さすらう犬が幸せを運ぶ。犬に助けられる。同じような物語ばかり。
それもだんだんと作品の質が劣化しているように感じる。

個々の作品について、面白くないとか、駄作だとかいう気はない。
どれも一応最後まで読める。が、心に響くものはない。
過去に書かれた作品の焼き直しかと思うわけだ。
「五郎丸の生涯」もそうだった。「迷犬マジック」もしかり。

どこからか現れた迷い犬風の、
だが人語を理解するがごとく思わせる犬のマジックが、
次々と迷える人を不思議と救っていくという。
ただそれだけの物語。

犬に救われる物語にあまり出会ってない人なら薦めてもよいが、
何作かでも読んでいる人にはお勧めしません。
だいたい犬と暮らすことを軽く書きすぎです。

この著者の作品は「おれはダメなんかじゃない」しか読んでいないが、
作品の出来としてはより軽くなってしまったと感じている。
こういう作風が受ける時代なのだろうね。

朝倉秋成を3作ばかり2022-03-12

この人が注目を浴びる話題の作家と知り、
平積みされていた「教室が一人になるまで」を読み、
面白いのだけれど手放しでほめそやすには腑に落ちない思いもあり、
「フラッガーの方程式」それから「九度目の十八歳を迎えた君と」と
立て続けに読んでみた。

ただ楽しいだけの「フラッガーの方程式」なら
この人の作風はいいと思うのだが、
重い主題の他の2作では。こういう手法じゃないほうがいいと思った。

SFでもなくミステリでもない。青春小説といってよい。
それも苦悩する青春の痛みを描いた「教室が一人になるまで」には
限定的特殊能力を設定せずとも書けるだろうと思ってしまう。
「九度目の十八歳を迎えた君と」は、どうにか納得できたというところ。

「九度目の十八歳を迎えた君と」は、高校で片思いしていた同級生が
当時と変わらぬ姿でいたのを見て、なぜ年齢を止めてしまったのかという
その原因を探すうち、彼女と同じ状況下にある自分を発見する物語になっている。
高校時代の片思いの日々の回想部分は、かなりな人たちが経験してきたことだろう。
そういう点では秀逸なのかもしれない。
が、物語として受け入れるのはつらかった。
面白くないというつもりはない。率直に書けば一気読みできる。
登場させている人物たちもなかなかによい。
だけれど、わざわざ年齢が進むのを拒否する能力なくともかけたんじゃないかな。

「教室が一人になるまで」は、学校の教室の中の力学を題材にする。
次々に自殺する4人の級友たち。ところが自殺ではなく殺人だという。
嘘を見破る能力を突然引き継ぐことになった主人公が
人の好き嫌いが分かる能力者とともに犯人探しを始める。
その特殊能力は高校の敷地内のみで効果を発揮し、
それぞれに異なる発動条件があるらしい。
果たして犯人にたどり着き、復習ができるかというストーリーになる。
物語自体はよくできているし、決着のつけ方もどうにか納得できたが、
あまりにも無理やりが感じられ感心はしたが受け入れきれなかった。
みんなで一丸となって行事に取り組む最高のクラスにしようと頑張る生徒がいる。
そういうことがなじめない生徒だっている。なんで一人ではいけないのか。
僕も子供のころの立ち位置は近いものがあった。
だから物語りとしては染みるだけに特殊能力などない形が望ましいと思った。

「フラッガーの方程式」は、誰もをヒーローにするフラッガー・システムなる装置が
数々のドタバタを巻き起こしていくというSFタッチで読むと楽しい。
こういうタイプの小説なら、特殊設定も突っ込むことはせず、
だまって受け入れ楽しく読めばいいのだ。
テスター参加した彼の片思いを成就させたいという願いの暴走ぶりが笑いを生み出す。つシステムが停止したのちも影響がのころのは当然っちゃ当然なので
テスターにとってのハッピーエンドもよきかな。

この人の作品はもう少し読んでみようかと思う。

大怪獣のあとしまつ2022-03-11

橘もも

映画のノベライズである。
映画のノベライズとしてありがちな軽さである。

怪獣映画は昔好きだった。よく見た。
巨大生物が暴れまわって破壊の限りを尽くすが
人類または異星から来たヒーローによって退治される。
ふつうはここで物語が終わってしまうのだが
そこからを描くのがこの作品となる。

巨大怪獣をどう処理するかはウルトラマンだったかセブンだったかで
シーボーズを怪獣墓場に送り届ける回くらいしか記憶にない。
たしかに死がいの処理はいろいろと面倒がありそうだ。

巨大生物を観光資源にしようとしたり、
その処理をどうするかで組織間対立が生まれたり、
そういうのは起こりうるだろうなと思う。

そこのところをもっと上手に描き切れば素晴らしい小説になるのに、
映画から逸脱しきれていないようでうすっぺらな物語になっている。
怪獣と戦うのではなく、後始末に立ち向かうヒーローというのが面白さなのだろうが。
もっと人間の無責任さをえぐったら良かったと思う。

裏切られ信長2022-03-10

金子拓

歴史小説ではなく、歴史研究者が一般向けに書いたもので、
信長と同盟関係にあった浅井長政、武田信玄、上杉謙信、毛利輝元ら戦国大名と
松永久秀、荒木村重、明智光秀ら家臣が
どのようにして信長を裏切るに及んだかを考察している。

家康との清州同盟以外は、戦国大名との同盟関係は物語に現れないことが多いが、
資料からいつまで友好関係が保たれていたかを見ていき、
信長外交の特性が、どうやら信長の性格・思考法に難があるようだと指摘する。
家臣の裏切りについても同様で、
信長という覇者は恐ろしく不器用だったと思わせる。

決断力に富み苛烈な男というイメージが崩れ去り、
心の機微が分からない情けなさに見えてくる。
同盟者であったらかわいいが、ひとたび対立されるや憎しみを持つ。

ここに見る信長を反映させた小説を書こうものなら、
哀れな信長物語になってしまうだろう。