椿井文書 馬部隆弘2020-09-18

中公新書の一冊。

椿井文書というのは、地域史で相当数引用され、
その存在が半ば公認されている。
江戸後期に生きた椿井政隆が創り上げたもので、
現在では偽書とされているのである。
しかし今にあっても、その内容は事実として流布し、
その近畿一円で多くの寺社縁起や旧家の家系図などに
影響し続けているらしい。

そもそもなぜ信じられたのかといえば、
他の文書との整合性を保つよう、人が望む形にうまく適合させ、
抜け落ちた部分を補完する形で創られていることにあるらしい。
作成に当たっては利益相反するものにも一定配慮されているから、
総論になっても受け入れやすいようになっている。

政隆は何のために偽書を作ったのか。
椿井文書の頒布過程では売買されていることが指摘されている。
買い求めた者の利益を導くように作られるのである。
買った者は利益を確保するためには積極的に開示する必要がある。
つまりは強い伝播力を有することとなる。
それは広く事実として流布し、さらなるすそ野を広げる元となる。

このようにして椿井政隆の創作による文書が広く広まった。
そのことを否定してしまえば、その地域の歴史通念が崩壊してしまう。
偽書との指摘があっても、
何らかの事実があっての文書であらねば困るのである。
だから命脈を保ち続ける。

数百点もの絵図・文書を、相互に関連させる手腕は見事である。
天才であったということなのだろう。

こうしたことを著者は、実例を挙げつつ本書をまとめている。

歴史家の指摘は下手な小説以上に面白い。