儚い羊たちの祝宴2011-07-29

米澤穂信   新潮社   470円(別)

このミステリがすごいではコンスタントに上位に入る作品を生み続けている。
直木賞などの大きな賞をとってはいないが、実力派の作家だ。
今、旬な作家のひとりには違いない。

僕の米澤作品経歴は以下。
春季限定いちごタルト事件      米澤穂信
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/02/04/2602294
夏期限定トロピカルパフェ事件    米澤穂信
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/06/19/3584741
犬はどこだ 米澤穂信
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2005/09/15/75552
ホントはもう少し読んでいるけれど、
感想を書いているのが上の3冊しかない。
この「儚い羊たちの祝宴」が4冊目の感想になる。

小市民シリーズでは人は死なないが、
こちらの作品では死んでいる。
謎のありようも、小市民シリーズでは日常にあるものだが、
こちらでは様相が異なる。
ミステリはミステリでも、推理系のものではなく、
サイコ物というか、サスペンスというのか、
なかなか表現しにくいものになっている。

本書には5つの短編が収められており、
そのいずれもが、裕福な家庭が舞台となっている。
まず「身内に不幸がありまして」が配置される。
物語は丹山家の使用人村里夕日の手記で進められる。
夕日は丹山吹子の身の回りの世話を任されることとなる。
つかえているうちに富貴子に憧憬を抱くようになり、
精神の同化を望むようになっていた。
吹子は大学に通うようになり、「バベルの会」に入会する。
そして休暇で帰ってきたときに事件が起きる。
丹山家の長男の乱心である。
夕日は、吹子が「バベルの会」読書会を楽しみにしていたのに、
事件のために参加できなくなったと残している。
ところが、翌年も、翌々年も何かしら事件が起き、
毎年「バベルの会」読書会に参加できなくなる。
夕日は、その原因を作ったのが自分だと思い込み、
4年目の惨劇を阻止するため自らを縛して手記を終える。
手記に続いて、丹山吹子の述懐が配置される。
その内容で世界が反転してしまう。
「北の館の罪人」でもバベルの会は少しだけ登場する。
母を失い、孤独となったあまりが、
遺言に従って地方の名家「六綱」に赴き始まる。
いくばくかの金銭を与えるとの申し出を断り、
あまりは閉ざされている北の館で
罪人のようにして暮らす早太郎の世話と監視を引き受ける。
早太郎は、絵を描くこと、中でも色を作り出すことにこだわり、
急速に衰弱して死んでゆく。
この件に関してのあまりの独白は見事。
そして、あまりの画に秘められた、ある事実で世界は反転する。
「山荘秘聞」も恐ろしい。
有能な、とても優秀な、女性執事とでもいう屋島は
とある金満家の別荘管理人となる。
別荘である以上、客がいて世話をする。
屋島は強く望んでいる。
そんな折、屋島は一人の遭難者を発見し救助する。
すべてに通暁する知識で手厚く看病する。
しかし、救援隊が来たというのに、
遭難者については何も語ろうとしない。
そして…
「玉野五十鈴の誉れ」も地方の名族が舞台。
祖母が絶対的権力を有する小栗家の一人娘・純香は、
15歳になった日に、人を使うことを学べと、
玉野五十鈴を与えられる。
五十鈴は、祖母の呪縛のうちで逼塞している純香に、
まったく新しい世界を見せていく。
五十鈴を使用人としてではなく、
大切な人と思う純香は、五十鈴と誓いを交わす。
ところが、父の血筋で犯罪者が出、
祖母は純香を幽閉する。
五十鈴は祖母の命令に従い、純香から離れていく。
やがて弟が生まれ、純香は生命の危機に陥ってしまう。
五十鈴を追い求める純香は、
死の淵で幻影の五十鈴を感じながら意識を失う。
次に気づいた時には、祖母はいなくなっていた。
ほとんどの使用人も消えていた。
経過を聞かされた純香は、五十鈴が何をしたか悟る。
そしてある歌を思い出すのだ。
最後の「儚い羊たちの祝宴」は、
先の4つの物語で存在が示されていた
「バベルの会」の消滅の経過が語られている。
荒れ果てたサンルームにおかれた一冊の日記。
それを一人の女学生が読む。
「バベルの会」を除名された鞠絵の日記には、
さまざまなことが書かれている。
鞠絵の除名の理由は、夢想家ではないとの理由だった。
先の4編の物語に登場する者たちもいるらしい。
鞠絵は、どうやら日記を書く途次に混乱し始めていることもわかる。
廚娘に謎のアミルスタン羊料理を作るよう依頼し、
羊のいる場所を蓼沼と教えまでしている。
そして材料を集めてきた廚娘が料理メニューの説明をした後に、
唐突に日記は終わる。
女学生は「バベルの会」復活を宣言し、
この小説も終わる。

すべてが暗示で終わる、きわめて珍しい作品になっている。
善良なものは一人もいず、
残酷なものも一人もいない。
物語は虚空を漂っているだけで、
夢とも現実とも判然としない。

底の抜けた不気味さは、共感など思いもつかない世界だ。