葬儀が終わって2007-08-29

日曜日にジョンの葬儀をしてきました。
小さな骨壷に入ったジョンは、『ごお』の隣に並べてみました。
ずっと『ごお』の写真をおいていましたが、
今はジョンの写真を立てかけています。

日曜の早朝、5時くらいでしたかに、目を覚まし
ジョンの棺の中の氷を新しいものに入れ替えに降りました。
『そらん』も一緒に降りてきたので、
排尿に行くのかと思って勝手口を開けたところ、
踵を返しリビングに向かいます。
ジョンの棺の前で匂いをかぎ、ジョンを探しているように見えました。
棺をあけジョンの全身を見えるようにしてやると、
棺の横にお座りして、しばらくじっと見つめていました。
それから、『そらん』は表に走っていきました。

氷を新しいものに入れ替えながら、
今はもう冷たくなったジョンの頭をなで、体をなでました。
この一月の闘病で痩せ細っていたことが、掌を通して伝わってきます。
こんなに痩せてしまっていても、
最後まで排尿も排便も立ってしようとしたのです。
本当にジョンもがんばりました。

当初、9時30分ごろにお迎えに来る予定のものが、
やはりこの暑さのせいか、力尽きる犬が多いため、
11時ごろまで待ってくださいと連絡がありました。

やがて約束の時間が来て、ジョンを出棺することになりました。
斎場は東大阪。
お迎えのクルマに棺を納めようとすると、
『そらん』がまとわりつき邪魔をします。
リードに繋いで持ってもらい、棺を安置し、お別れの焼香を母にしてもらい、
『そらん』にも臨席させ増しした。

8月の日差しは、立秋後とは言え強く、暑い一日です。
斎場には僕独りで行くことにしました。

12時前に到着し、諸手続きを済ませ、僧侶の読経の時を迎えました。
長くもあり、短くも感じる読経の間、
いろんなことを思い出し、気づくと涙があふれていました。
鼻の奥までツーんとしてきました。

読経が終わり、いよいよ火葬する運びになりました。
ジョンの好物だったパンやおやつ、ジョンのシャツ、
『ごお』から引き継いだ首輪を棺に入れ、
最後のお別れを済ませました。
火が入ったのは12時40分でした。

骨上げまでの4時間、一人で辺りをうろつきました。
たった一年半だったのに、思い出すことはたくさんありました。
困った顔もありましたが、嬉しそうな顔がたくさんありました。
『そらん』と一緒に八ヶ岳で爆走したことも思い出します。

ジョンをはじめてみたとき、
『ごお』と同じに可愛いと思えるかと不安に感じたことがあります。
関節の痛みも強かったから、ドッグランで遊べるかと心配もしました。
ジョンがいなくなってしまったとき、涙が流せるのかとも思いいました。

それらはすべてジョンが生きてきた過程で、
どれもこれも杞憂だったと証明しました。
号泣すらしなかったけれど、ぽろぽろと涙が流れていきました。
ジョンは確かに僕の犬になっていました。
僕の中で、ジョンはジョンとして生きています。
『ごお』とは違った意味で、これからも生き続けていくでしょう。

4時30分になったので、骨上げに向かいました。
骨だけとなったジョンの体は、立派な頭骨と背骨を持っていました。
生前何度も感じたように、腰骨は貧弱でした。
足の骨は細目と思いました。
骨壷に全身の骨を少しずつ収めていきました。
最後に喉仏をいれ、蓋をし、入れられなかった骨を前に手を合わせました。

ジョンの魂が自由に駆け回っていることを願っています。