49日が終わって2020-01-20

「はいら」がいた日々が
なんだか遠い日のように感じることもある。
逆に時が止まったかのように感じることもある。

先週に満中陰法要を終えた。
三途の川を渡り終え、穏やかな世界にいるのだろう。
痛みから、苦しさから解き放たれて。

「はいら」の命の灯が消えた日から、
「まこら」がやたらと甘えに来るようになった。
べたべたくっつき、しきりに遊べという。
そんなに相手し続けてもいられない。

そうか動かない、動けなくても
「はいら」がいたことは「まこら」にとって喜びだったのか。

動かない、自己主張も控えめ。
「はいら」はそういう犬だった。
「そらん」に比べたら表情が乏しくて、
甘え下手だと思い込んできたが
いなくなって気づく。
控えめでも、存在感が希薄に感じさせても
実は大きな存在だったのだ。

乏しいと思っていた表情だって、
記録された多くのショットの中には
他の犬達同様に笑う姿が記録されている。
なんで表情が乏しいと思い込んでいたんだろう。
なんで甘えてこないと思い込んでいたのだろう。

信じられている「虹の橋」のたもとがあるのなら
今頃は「そらん」が中心になって
「ごお」、ジョン、「はいら」がはしゃいでいるのだろう。
ほんとうに橋のたもとで飼い主を待っているというのならね。
あ、でも「はいら」が行ったから
顔つなぎさせた後は、いらちの「そらん」は先に行ってしまうかな。

さて、49日が過ぎた。
これからの日々をどうしていくのか考えなくちゃ。

じわじわ2019-12-27

「はいら」が旅立って25日が過ぎた。

あんまり動かない奴だったから、
寂しさは、そう大きくないのかなと思っていた。
が、想像以上にこたえている。

結局のところ、飼い犬が死ぬと
それがどんな風な性格、経緯であっても、
喪失感に差などない。

一頭が息絶えれば残された犬は途端に極端な甘えたになる。
それも大差ない。
生き物と暮らす限り変わりないのだと知る。

「はいら」がいなくなってから、
「まこら」は散歩で走ることが多くなった。
自分の元気を抑える必要がなくなったのだ。
僕がついていくのはしんどいということは考えない。
「はいら」には配慮しても、飼い主へは遠慮なし。
そういうものなんだそうだ。

しばらく動かしていなかったビデオカメラを復活させたら、
録画されたファイルに6年前のものがあった。
中では「そらん」と「はいら」が様々な場所でhしゃぐ姿があった。
記憶よりずっと元気に走る「はいら」がいた。
いつでも動かずに寝ている印象が強かったが、
そうでもない姿に、記憶がよみがえる。
「そらん」が特別に活発だったから
いつの間にか「動く犬ではないと刷り込んでいただけらしい。

起きていても、寝ていても、
そこにいない犬たちの不在に泣きそうな気分になる。.

はや10日たった。2019-12-10

「はいら」がいなくなって10日がたつ。
いつものことだが寂しい。
いつものことだが残されたものはいつもより密着する。
「まこら」が側から離れなくなった。
もとより甘えたな奴だったが、輪をかけて。

僕はと言えば、「はいら」の世話にかけていた時間が無くなり、
また抱えてやる必要がまくなり、
体が楽になり、追い詰められた気持ちも薄れた。

一日に2、3度、足の壊死して英区間部を洗浄・消毒し、包帯を仕替え、
血や体液で汚れた床を清拭し,
敷物やハニカム動議を洗ったり、干したりした時間。
立ち上がれないから外に連れていき、排尿・排便の補助をし、
ときにうんちまみれになるお尻を洗い、乾かし、食事介助をする。
そうした時がなくなったのだ。

とても楽にはなったが、無性に悲しい。

もう一匹は、僕の年齢から考えれば、厳しい。
このままなら「まこら」は分離不安を示し始めるかもしれない。
そこにいるだけで、動けなくとも、
「はいら」は「まこら」の面倒を見ていたのだと知る。

とうとう2019-12-02

12年と8か月と23日。
それが「はいら」の生きた時間になった。

朝起きたときは、すでに手足は冷たくなっていて、
焦点がない目線になっている。
それでも声を掛けたら反応があった。
シリンジで口の横から水を入れてやると、
舌が動き少量とは言うものの飲んだ。

それからしばらくは汚れ物の処理をしながら様子を見ていた。
ときおり苦し気にうめく。
その都度横に行き撫でてやる。
そうすると静かになる。
一時間ばかりそうしていただろうか。
「まこら」の散歩を済ませ、様子を見ると意識が混濁している。
「まこら」が舐めに行っても反応がない。

9時に、いま一度シリンジで水を与えてみたが、
舐める力は、もうなかった。
僕と「まこら」が食事のため離れてから、
9時20分に戻った時に呼吸をしていたものの、
しばらくして呼吸がなくなった。
心臓も動きを止めてしまった。

汚れていたところをきれいにし、
最後の3日間の、ほんまになんもしてやれなかったことを悔やむ。
尿院に行き、点滴など施せば、もう少しだけ生きていられたかも。
でも苦しい時間を長く過ごさせるだけだったろう。
胃も腸もがんだらけだったのだろう。
昨夜からの出血や嘔吐が物語る。

とうとう最後の一頭だけになってしまった。

12月でも生きてる。2019-12-01

11月30日を超すのはむつかしいだろうと思っていた。

もうあちこちが冷たくなってきているが、それでも頑張っている。
食べられなくなって6日、水が飲めなくなって2日
もう筋肉などほとんど残っていない。
ただただ横たわるだけ。

昨晩は午前3時ごろすごく啼いた。
何をしてほしいのかすぐにわからないのがもどかしい。
ウンチがしたかったのだ。
全く立てなかった。だから尻周りが汚れる。
固形状は少しだけ。ほとんど水便。おまけに多量の血が混じる。

それから今までの間に5度の水便と2度の嘔吐
たびごとに呼ばれる。そして洗って乾かしを繰り返す。
もう体には出せる水分などなかろうに。

今は体を撫でてやらないと呼ぶ。
名を呼び体をさするとしばらく寝る。
ダガ、少し時間がたつと鳴く。

死を感じているのかもしない。
明日の陽を見られるのだろうか。

今日は生きた。2019-11-29

金曜日中に逝ってしまうかもしれない。
そんな覚悟をしていたが、今のところ静かに寝ている。

泣き呼ぶことが幾度かあったが、
それは小便であったり、うんちであったり
自ら動けないから呼ぶ。

呼ばれるたび、水が欲しいのかもと用意もしている。

昼頃は小便したかったようで、水にはそっぽを向く。
そこで下腹から手をまわし抱え上げ
いつもの排泄場所に運ぶ。
ゆっくり下ろし支えていてやると、する。
終わったら支えていても崩れていく。
また抱えて戻り寝かしつける。

晩にも啼く。
今度はうんちだった。
同じように抱えて連れていく。
踏ん張る姿勢は到底不可能。
両手で吊り下げ支えてやる。なんとか少し出る。
だけれど疲れてしまいぶら下がったようになる。
支えているのがむつかしい。
少し休ませた後続きに挑む。もう少し出た。
出たウンチはかなり黒っぽい。出血のある印。
どうしてやることもできない。
抱えて戻り寝かしてやると、また鳴く。
できらなかったウンチを漏らしている。
気持ち悪いらしい。
抱えて風呂場に移動。洗い流す。
ドライヤ後、抱えて戻る。

それ以外にうめくように鳴く。
あちこち痛いのかもしれない。

もう少し面倒見てやれるのかもしれない。

いよいよ2019-11-28

だまし、だまし日々を過ごしてきたが
いよいよ食べられなくなった。最後の時が近い。

木曜までは胸肉110グラムとドライフードを50グラム以上を
一日二度食べていた。そのほかにおやつも。
金曜には胸肉は完食したがドライは食べない。
土曜日には胸肉も完食できなくなり、
日曜日はわずか50グラムを朝に食べ、夕方はそれすら食べない。
なんとかビタゴールドは飲んでいたが
火曜日からはそれもいらないとそっぽを向く。
水曜日=昨日は魚に変えてみたが一口、二口口にしただけ。
今日になって水の飲む量も激減した。

歩行は日曜日には自らの意思で歩きウンチしたが、
月曜からは立っていることができなくなってしまった。
おしっこは家中ではしないから,呼ぶ。
呼ばれたら両手で抱えて連れ出し支えてやる。
今日は支えていても崩れ折れる。

寝ていても昨日から動けない。
今日にいたっては寝返りも困難に。

出血は右後肢以外にも唇にできた腫瘍、
ほほとあごの腫瘍からも目立ってきた。

ウンチの色も土曜あたりから黒ずんできている。
どうやら胃か趙の腫瘍も活発になっているようだ。
今日を何とか超えたものの、
明日が越せるのかわからない。

12歳と8か月と20日。

切ないなあ。

いろいろと大変だ2019-09-12

リンパ腫と肺がんが宣告されてから1年4か月経つ。
肺がんのほうは徐々に大きな影になってきている。
何とか呼吸がしんどくなるほどひどくはなっていない。
リンパ腫のほうもまだ暴れてはいない。

だが右後肢の第二指にできた腫瘍は、
とてもひどくなってきている。
7月までは歩行もできていたのだが、
8月に入って歩くことができなくなってきた。
なんとなれば3本足での歩行になり、
長い距離は歩けそうにない。
せいぜいが100歩。それ以上は動けない。
ウンチもするのをためらいがちだ。

それ以外でも、興奮芋腫瘍上のできものができている。
首回り、肩口にもよくないできものができている。
全身が主要だらけになったといってよい。

一時は食欲が極端に落ち、わずかひと月で家移住が6キロ落ちた。
これでは頑張れないから、獣医で相談しステロイドの服用を始めた。
それからは掌に載せて食べさせると、
鶏むね肉一日200-240グラムと、
カリカリを200-230グラム食べるようになった。
おかげで表情に生気が戻ってきている。

歩けない、起きにくいは、
アイバロで「楽楽介護カート」と
着たままねんねのハニカム動議」を購入し、
日々の生活の質の確保に努めている。

「そらん」に買ってやった「ハニカムつなぎ」も、
そらんはわずか3日しか使えなかったが、
サイズは「はいら」にぴったりだったから使用している。
そらんのために購入した各介護グッズは、そらんは急激に悪くなり言ったしまったから活躍の場がなかったが、
「はいら」のために十二分に使うことになりそうだ。

一時は12歳の誕生日を迎えることがないかと覚悟していたが、
もしかしたら13歳の誕生日を迎えられるかもと、
かすかな希望を覚え始めている。

介護カートに乗せ、一日一度近所の公園まで連れ出し、
草木を感じさせてやる。
すると少しだけでもカートから降り、ウンチとしっこをし、
地面にすりすりもする。
その予期の表情は「はいら」にしたら最上級のうれしい顔をする。

いつまでこういう時を過ごせるのか考えることはしない。
できることがあるならさせてやろう。

カートでの散歩には「まこら」も同道する。
案外いい奴で、カートの速度にできるだけ合わせている。
突然飛び出したりもせず、
カートを押す邪魔はしない。
あほな奴だと思っていたが、存外に賢いのだ。

「はいら」のがんの進行が2019-05-01

どうしようもないことなのだ。
犬だって人と同じで腫瘍ができる。
人と同じように治療もできる。
抗がん剤治療も可能だ。

が、ジョンの苦しむ姿を見た僕は、
抗がん剤治療に進む気にはなれない。
「そらん」のリンパ腫でも、
したほうがよかったかと悔いを持っているものの、
結果としては正しい選択だったと思っている。

「はいら」のがんは昨年4月に発覚した。
リンパ腫もだが、深刻なのは肺がんだった。
何の治療もせず一年が過ぎたが、
どちらもゆっくりと進んではいるが、大きな変化にはなっていない。
しかい、何もしていないからか、
体の浮腫はかなり増えてきた。
どれも悪性と断定できないが、気になる。
加えて、昨年末から右後肢第二指にできものができている。
気を付けていたが、
「はいら」自身が激しく舐め、
「まこら」も激しく舐めるものだから、
出血を繰り返しているうち、患部が大きくなってしまった。

検査の結果では、両生徒も悪性とも判断できないままでいたが、
この前の検査で、どうやら悪性であると指摘され、
右後肢切断を提案された。

決められない。

指を落とすくらいなら決断するが…

結局、何もしないで様子を見るだけしかできない。

犬と暮らすのは楽しいが、こういう時があると苦しい。

13歳はむつかしかろうが、今少し元気なままでいてほしい。

まこらが来て一年が過ぎた。2019-04-20

「まこら」が来て一年が過ぎた。
ちょうど一年になろうとするころ、
元気だけがとりえの「まこら」が腸炎になった。
2週間かけて復調したが、
その後、少し変わって気がする。

とにかくひたすら元気だったのが、
落ち着いて見える。
何なのかね。

「はいら」は、右後肢にできたできものがひどくなっている。
いよいよ各所の腫瘍が暴れ出し始めているのか、
それとも舐めすぎで雑菌が入り込んでいるだけか、
気になるところだ。

舐めるのは、ムーンカラーなり、バイトのっとカラーなりで
防ぐことは可能なのだが、
いかんせん「まこら」がしつこく舐めに行く。
引き離すとどちらも泣いて呼び合う。
さて、どう対処するか。