邂逅の森 ― 2009-05-17
熊谷達也 文藝春秋 20000円
『ウェンカムイの爪』
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/12/24/4025063
で、初めて触れた作家だ。
作中に生きる人物のハードボイルドな人生、
自然に対する人間のありようなどに惚れ、手にしました。
2004年、第131回直木賞受賞作。第17回山本周五郎賞も受賞している。
受賞もなるほどと思わせる作品です。
相変わらず、自然の中で人は同生きるべきかという点を追究されています。
大正期から昭和初期にかけての東北地方が物語の舞台となる。農業がろくにできない山間集落、林業も廃れが始まりだし、狩猟を生業とし生計をやっと維持しているマタギ・松橋富治の波乱の人生を描く。
ストーリー的には真新しいものはひとつもない。テーマもありきたりといえばありきたり。
しかし、富治という無骨極まりない不器用な男を、
無骨極まりない文でとつとつと描く迫力に引き込まれていきます。
作品の最後で満身創痍で峠に佇む富治の描かれ方が、
かつては信じられていた『山の神』への日本人の畏敬の念をよみがえらせるかもしれません。
マタギの言葉や、マタギの信仰など細かな部分まで作中で再現し、
冬山猟の過酷さ、マタギ猟のありようは凄絶なものを感じさせます。
当時の社会情勢などもかなり綿密に調べ、全く見たことのない炭鉱の町の風景、
寒村の生活風景を臨場感に満ちたものにしています。
現代は『山』に対する怖れがなくなりすぎました。
富治の感慨の一分でも、ぼくたちは取り戻すべきなのかもしれません。
またも不合格。 ― 2009-05-17
土曜日は『そらん』のIRO(B)の試験があった。
結果だけを記せば不合格でした。残念。
服従は45点、熟練は47点と、合計点は初日二日目の出場犬では一番の高得点だつたけれど、
いかんせん、捜索は4人中二人しか見つけられなかったのです。
疑告知が一度、そのあと二人続けて発見告知。
広いほうにでて探し始めるも、探し始めて10分過ぎに突然意欲が落ち、
探している態度がなんかおざなりになり出し、
一応ハンドラーの支持に従い動きはするものの、
もうよろしかろ。わし探さんでいいと思いますになって、
とうとう作業中止となりました。
と、こういう風にかけるということは、ぼくが見ていたということです。
お迎えに行くついでに、捜索の様子を最後だけでも少し見てやろうと調整して行ったつもりが、
出走前の待機のときについてしまったのです。
会場にクルマで到着すねなり、『そらん』と目が合ってしまって、
やばいと思ったのですが、なんとかごまかせたと思っていました。
訓練士さんは、ぼくが到着したのは影響していないといっていましたが、
おそらくは試技前に到着してしまったことが『そらん』の集中力阻害に影響したのでしょう。
訓練士さんの指示は聞くし、捜索もゲームとして楽しむ『そらん』ですが、
普段の『そらん』の冷たさからは想像できないけれど、
『ごお』張りにぼくを意識するところがあります。
今回の不合格は、到着した時間が悪かったということではないかと思っています。
もっと早くに着くように行くか、行かないほうがよかったのじゃないかと思います。
それでも飼い主として『そらん』のがんばるところも見たいねんもん。
困ったことです。
『はいら』は、『そらな』が試験に出かけた後呆然としていました。
お迎えに行く前に『海とのふれあい広場』まで連れて行ってやりましたが、
『そらん』がいないとしゅん太郎でした。
試験会場で『そらん』を見つけたら大喜びしていました。
『そらん』がいないと遊びも十分にできない。
なんと甘えっ子なことだ。
結果だけを記せば不合格でした。残念。
服従は45点、熟練は47点と、合計点は初日二日目の出場犬では一番の高得点だつたけれど、
いかんせん、捜索は4人中二人しか見つけられなかったのです。
疑告知が一度、そのあと二人続けて発見告知。
広いほうにでて探し始めるも、探し始めて10分過ぎに突然意欲が落ち、
探している態度がなんかおざなりになり出し、
一応ハンドラーの支持に従い動きはするものの、
もうよろしかろ。わし探さんでいいと思いますになって、
とうとう作業中止となりました。
と、こういう風にかけるということは、ぼくが見ていたということです。
お迎えに行くついでに、捜索の様子を最後だけでも少し見てやろうと調整して行ったつもりが、
出走前の待機のときについてしまったのです。
会場にクルマで到着すねなり、『そらん』と目が合ってしまって、
やばいと思ったのですが、なんとかごまかせたと思っていました。
訓練士さんは、ぼくが到着したのは影響していないといっていましたが、
おそらくは試技前に到着してしまったことが『そらん』の集中力阻害に影響したのでしょう。
訓練士さんの指示は聞くし、捜索もゲームとして楽しむ『そらん』ですが、
普段の『そらん』の冷たさからは想像できないけれど、
『ごお』張りにぼくを意識するところがあります。
今回の不合格は、到着した時間が悪かったということではないかと思っています。
もっと早くに着くように行くか、行かないほうがよかったのじゃないかと思います。
それでも飼い主として『そらん』のがんばるところも見たいねんもん。
困ったことです。
『はいら』は、『そらな』が試験に出かけた後呆然としていました。
お迎えに行く前に『海とのふれあい広場』まで連れて行ってやりましたが、
『そらん』がいないとしゅん太郎でした。
試験会場で『そらん』を見つけたら大喜びしていました。
『そらん』がいないと遊びも十分にできない。
なんと甘えっ子なことだ。
最近のコメント