ルビンの壺が割れた2021-09-23

宿野かほる

2017年に出された書下ろし作品で、
著者は経歴等明らかにされない覆面作家とのことだ。
一般に全くの無名の作家作品が書籍化されることなどまれなので
経緯を確かめてみると、作者自身の手でネット公開
著者の知人が紹介し、出版を打診、期間限定で無料公開しコピーなどを募集、
1万部で出版、重版し、2020年に文庫化したということになるようだ。

タイトルにある「ルビンの壺」は
向かい合う人物と思ったら、間の空間が壺に見える。
またはその逆で気づくかという絵だ。
この作品は二人のメールのやり取りに終始するが
二人の間にある空間が過去の事象となっており、
見えるものが刻々変化するように読者を惑わす。
そして結末までたどり着いたところで「壺」が割れてしまうのだ。
タイトルが秀逸だというほかない。

作品自体は書簡小説の流れにある。やり取りは現代風にSNS上である。
大学の演劇サークルでの先輩と後輩にあたる男女のやり取りとなる。
最初のメッセージは大学時代から30年近い空白をはさみ行われる。
男のほうがフェイスブックで見知った名に出会い
懐かしさのあまり連絡を取ろうとしたように思わせる。
女はかつての恋人であり、結婚式前日の失踪したという。
月日を超えた愛の再炎を予見させるところから始まる。
2年かで3通のメッセージを送った後、
当の女性から返信があったことで大きく物語が動いていく。
二人の間でのメッセージの交換は、30年前の出来事をたどりつつ深まる。

が、次第に不穏な面を見せ始める。
会う気がない、知る気がないというのに執拗に住所を尋ねる。現声明を尋ねる。
過去の出来事で女がいたから起きた別れと愚痴を言う。
序盤で提示されている「警察は苦手」というのも
パソコンの存在に驚いたところも(1980年代のパソコン普及率は10%ほど)
どうやら彼の30年が社会から隔絶した場所にいたことを示している。
進むに連れ不穏な空気は強まっていき、
最後の女からのメッセージで全貌が分かるのである。
どちらにも見える絵の中の壺が割れる。残るものは何もないのだ。

帯にある「日本一の大どんでん返し」はオーバーに過ぎるが、
十分に楽しめる作品であった。