メッセージ・イン・ア・ボトル2009-08-09

ニコラス・スパークス   ソニーマガジンズ   1400円

 ニコラス・スパークスは1965年生まれで、話題作としては本書のほか「きみに読む物語」などがある。1996年以降、年に1‐2冊上梓しておりいずれもベストセラーになっている。トータルで5000万部売ったというから超売れっ子なのである。本書を含めすう作品が映画化され、また映画化が予定されている。本書はケビン・コスナーとロビン・ライトという配役により同名タイトルで1999年に公開されている。小説は1998年に発表されている。
 さて小説の内容であるが完璧なラブストーリーである。この一言に尽きる。
 大海原を漂う壜の中に手記なり手紙なり宝の地図が入っている物語は古来数多い。波間にゆらゆらと揺られて流れ着いた壜の中の手記は、それだけでロマンをかきたてる。その道具立てが、本書ではなき妻に捧げるメッセージで、拾ったのは夫の浮気が原因で離婚したばかりの美貌のコラムニストというのだから、ロマンスの展開としてこれ以上はないという設定だ。
 ためらいながらも惹かれあう二人が、次第に殻を破り結ばれていきハッピーエンドにするのかと思い読み進めていくと、ラスト間際で突然の破局が訪れる。そして最後は…
 永遠の愛が続くことはめったにない。著者の用意したエンディングは考えようによったら最高のハッピーエンドなのだろう。そしてこのラストがあるからこそ泣ける物語になるのだ。

空白の桶狭間2009-08-09

加藤廣   新潮社   1600円

 加藤廣は1930年生まれの79歳である。75歳で「信長の棺」で小説家としてデビューした。これ以後旺盛な執筆活動を行っており、年に一作のペースで歴史ミステリを発表している。本作品は「信長の棺」で示しきれなかった秀吉の行動の謎を解き明かす作品となっている。事実がどうであったかは知る由も無いが、日本史上でもっとも兵力差のある桶狭間の戦いを無かったとする大胆な構想で書き起こされている。この作品が発表されたことにより、本能寺3部作の中心に一本筋が立った。
 大国・今川の侵攻を前に信長は有効な対策を立てられずにいた。兵力差10倍以上の侵攻に野戦など挑めるものではないし、篭城したところで援軍も見込めない。その危地に、山の民という出自に秘密を持つ秀吉が信長に条件を飲ませた上で暗躍し、今川に壮大な罠を仕掛ける。この発想が本作の要点となる。桶狭間の敗因を今川義元の兵力に恃んだ油断とするのは、これらは今川義元を凡将とする評価でなされている。しかし、大将の陣を前衛においていたわけではない。互いに連携が可能な陣立てをしていての対人となるはずである。小勢といえど2000人の軍が発見補足されず本陣を急襲することなど、通常では考えられない。いくら諜報活動を周到に綿密にしていたとしても、この桶狭間の完勝には奇跡の勝利としか言いようが無い。
 桶狭間の勝利のために秀吉がなにをしたかを自然に読ませるための設定が、山の民という部族の存在だ。ある意味では隆慶一郎などが取り込んで咀嚼した漂白民のありようを、さらに発展させたのが加藤廣の世界観なのかと思われる。
 「信長の棺」で明かされなかった秀吉の謀略の原点がここにある。

星守る犬2009-08-09

村上たかし   双葉社   762円

 重い漫画である。
 読んでいて苦しくて仕方なかった。それでいて心洗われる。
 とっても大切なのにどこかに置き忘れていたものを思い出した気にさせてくれる。

 一台の放置車両に死後一年以上経過した男性の遺体と死後3ヶ月の犬の遺体が発見される。
 捨て犬だった犬は心優しい女の子に拾われ、その一家の一員となる。
 幸せそうな三人家族の中で、ハッピーと名づけられた犬は少しずつ年をとっていく。
 一年が過ぎ、また一年が経つうち、ハッピーの周りは変わっていく。
 遊んでくれた女の子はハッピーから遠ざかっていき、
 ご飯を用意してくれるのが母親からお父さんに代わっていく。
 散歩の時間も朝晩ではなくて昼間になったりする。
 お父さんは心臓病にかかり、職を失ったということらしい。
 そんなお父さんに母は離婚を願い出る。
 家も家族も失ったお父さんはハッピーと二人だけで旅に出る。
 計画も無い、何も無い、南を目指しての旅。

 それがどうして一年の時間差で遺体となったのかを淡々と物語る。

 お父さんの生き方はまじめだ。優しいとさえ言える。
 ハッピーのありようは人が犬に求めるもののすべてだ。
 満天の星を見ながら力尽きていく二人の姿は、
 この生きにくい時代のぼくたちに何かを伝えうるものとなっている。

 同時収録の「日輪草」は「星守る犬」に収め切れなかった背景を、
 ケースワーカーの目で追い求めるものとなっている。
 このケースワーカーは遺体の犬に対して憐憫を感じ、
 彼らのさすらいを解こうとする。
 ケースワーカーには犬との苦い思い出があるのだ。
 飼い犬の臨終にあたって
 「怖れずに愛してやればよかった」との後悔をしている彼は、
 寄り添う一人と1頭の遺体に、幸せの姿を見る。
 
 一人と1頭の生きた軌跡に関わった者たちの姿を垣間見せ、
 この漫画は終わっている。

 犬との関係において、この主人公二人の対比を見るとよい。
 一途な犬に重荷を感じたらケースワーカーのようにいじめることはある。
 仕方なく付き合っていても、お父さんのように優しく接することもある。
 そのどちらもが人間である。

 願わくば、お父さんのように付き合い、ケースワーカーのように看取る。
 そういう人でありたい。
 犬をおいて先には死ねない。