空白の桶狭間2009-08-09

加藤廣   新潮社   1600円

 加藤廣は1930年生まれの79歳である。75歳で「信長の棺」で小説家としてデビューした。これ以後旺盛な執筆活動を行っており、年に一作のペースで歴史ミステリを発表している。本作品は「信長の棺」で示しきれなかった秀吉の行動の謎を解き明かす作品となっている。事実がどうであったかは知る由も無いが、日本史上でもっとも兵力差のある桶狭間の戦いを無かったとする大胆な構想で書き起こされている。この作品が発表されたことにより、本能寺3部作の中心に一本筋が立った。
 大国・今川の侵攻を前に信長は有効な対策を立てられずにいた。兵力差10倍以上の侵攻に野戦など挑めるものではないし、篭城したところで援軍も見込めない。その危地に、山の民という出自に秘密を持つ秀吉が信長に条件を飲ませた上で暗躍し、今川に壮大な罠を仕掛ける。この発想が本作の要点となる。桶狭間の敗因を今川義元の兵力に恃んだ油断とするのは、これらは今川義元を凡将とする評価でなされている。しかし、大将の陣を前衛においていたわけではない。互いに連携が可能な陣立てをしていての対人となるはずである。小勢といえど2000人の軍が発見補足されず本陣を急襲することなど、通常では考えられない。いくら諜報活動を周到に綿密にしていたとしても、この桶狭間の完勝には奇跡の勝利としか言いようが無い。
 桶狭間の勝利のために秀吉がなにをしたかを自然に読ませるための設定が、山の民という部族の存在だ。ある意味では隆慶一郎などが取り込んで咀嚼した漂白民のありようを、さらに発展させたのが加藤廣の世界観なのかと思われる。
 「信長の棺」で明かされなかった秀吉の謀略の原点がここにある。

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