漂泊の牙2009-08-12

熊谷達也   集英社   724円

 熊谷達也は過去に自然界への怖れを忘れきった人のおろかさを描いた「ウェンカムイの爪」、生きていくがためにくまを打つまたぎの暮らしを描いた「邂逅の森」と2冊読んでいる。どちらも熊が物語の中心にいた。2作品とも自然と共生し、ときには自然に対する怖れを抱いてきた日本人の物語となっていました。
 「漂泊の牙」は熊ではなく日本狼が関与しています。中心にいる動物こそ違えテーマには相通じるところがあります。本作品では、サンカと呼ばれる狩猟民の歴史がキーとなっています。サンカは実体のよくわからない存在であったようで、山中に生きる漂泊民の末裔という解釈を本作品はしています。よく知られるマタギが東北地方を中心に狩猟を生業とするのに対して、サンカは広く国内に分布し狩猟採集以外にもさまざまな生業を行っていたとしています。彼らは国家という仕組みの埒外にいたため、戸籍に編入されずに暮らしており、戸籍を持ち出したのは敗戦後となったものもおり、明治~昭和初期にかけては山中で暮らしていたとしています。サンカにとって狼は文字通り神であり、さまざまな理由から絶滅に追いやられていく狼を一族挙げて守ってきたという設定がなされています。
 
 東北地方の山中にて、野犬に襲われて絶命したと思われる変死体が見つかった。大手資本のリゾート開発に賑わう山村では、その事件は野犬ではなく狼との噂が広まる。次いで集落から離れた場所に住む主婦が同じように食い殺される。山狩りを行う警察の捜索にも拘らず、野犬集団は見つからない。そればかりか麻薬密売人が第三の被害者となる。
 そんな折、妻を失った動物学者・城島が帰国する。彼の追跡行が始まる。彼の周りには野心に燃える女性テレビディレクター、麻薬密売人を王啓示・堀越なども絡みながらの追跡だ。果たして人を襲ったのは目撃情報のある狼なのか。
 城島夫妻の過去の因縁などから真相が暴かれていく。事件の真相は意外なものであった。

 最後に野心に燃えるディレクターが撮影しなかったことが、この物語を暗さから救っている。

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