雨の降る日は学校に行かない2021-04-20

相沢沙呼

相沢さんは、このところお気に入りの作家だ。
マツリカ・シリーズがとにかくいい。
そのほかに酉乃初が活躍するシリーズ
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2020/05/30/9252472
「卯月の雪のレターレター」
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2021/02/06/9344496
を読み終えている。

この人の良さは女の子の表情にあると思っている。
マツリカは妖しい輝きがあって好みが分かれると思うが、
酉乃初は健全に魅力的だし、「卯月の~」に登場する女の子たちもいい。

マツリカも含めて、主要キャストは何かの鬱屈を抱え込んでいる、
当たり前に生きている少女から女になる途中の不安定さがある。
だから青春小説なのだろうと思う。
それなのに還暦を過ぎた男が読んでも響いてしまう。
上手い。というのとも少し違うように思う。

「雨の降る日は学校に行かない」は6篇からなる短編集だ。
初めに置かれる「ね、卵の殻がついている」は
いじめから保健室登校をする中学生の少女たちナツとサエが主人公。
なんで保健室に居るかの説明はなく、二人の光の中の時間が語られる。
そっと見守る養護教諭がいて、二人が笑い合う姿が描かれる。
そこにはまっすぐな同志の香りがあり、まぶしい。

だがそんな二人に変化がある。サエが教室に戻ることを決意する。
そこから先の夏の思いは重くて辛くて、読んで苦しくなる。
いじめられるものに与える傷の深さが感じられる作品だ。
そして最後に夏がたどり着くさえとのシーンが再生を予感できていい。

そこから続く4作品は、中学生たちの他愛無い囃子に傷ついたり、
教室の中での階級という幻想に縛られ身動きできない苦しさに悩み、
もっと注目されたいという自意識にさいなまれたり、
少女たちは、自分自身にさえよくわからないものに、翻弄されている。
で、たぶん他人からは見えないちょっとしたきっかけがあって変わっていくのだ。
変わっていく彼女たちに祝福を。

最後に置かれた表題作は、冒頭作品のサエの時間をさかのぼっている。
ナツと出会う前の、サエがいかにして女子集団から零れ落ち、
中心的女子から執拗にいじめられていくかが、くどいくらいに語られる。
ここで見るサエは冒頭作品にみる輝かしさは欠片もない。
言葉が少ない内気な気弱な女の子でしかない。
怒りもできず、叫ぶこともできず、追い詰められていく。
追い詰められ叫ぶことを思い出した後登校拒否になる。
養護教諭の寄り添いに保健室登校を始める。
ナツとの出会いのシーンが冒頭作品の姿と異なる。

2作品を通してみて、二人が互いに違う姿があることに気づかせる物語となる。
作中で感じた二人の思いに共感できるなら、いい物語です。

いや、相沢さん女の子の心境をうまく書くな。
なのに男の子たちはほとんど動きがない。
なんかほんまにあんた男子だったのかいなと思ってしまう。
教室で特定の女の子との仲を冷やかされる男の子が出てくるけれど、
こんなに超然としていられた男の子を、残念ながら見たことがない。
女の子の造形に比べて男の造形が、なんか薄っぺらく見えてしまっている。
うーん。僕だけが感じていることなのかな。

もう少し読んでみようと思っている。相沢さん。

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