目には見えない何か2005-12-05

太陽がいっぱいのパトリシア・ハイスミスの中後期短編集
河出書房新社 2400円

アラン・ドロンが主演した『太陽がいっぱい』は、
映画ファンに鮮烈な記憶を植えつけたようだ。
あいにく僕は映画は見ないので、よく分からない。

ハイスミスのこの作品集は
カポーティーの『夜の樹』に感じた人間の不可解さ、
そういったもので溢れかえっている。

欧米の、それも40年も前の時代背景で書かれた作品は
日本人の僕には理解しがたいものもあるが、
人間の”こころ”の闇に焦点が絞って書かれたものだけに
研ぎ澄まされた人間観察から生まれた作品は、今も光っている。

収録作品のひとつ『人間の最良の友』は
何をしても失敗している男が主人公。
歯科医である彼は、未亡人に惹かれ求愛するが婉曲に断られる。
相手から一頭のシェパード犬を贈られ、バルトルと名づけ、
教則本のとおり飼育し始める。バルトルは完璧な犬となる。
バルトルをみるたび彼は女を思い出し、
また自分の無能を嘲われているかのように感じる。
そしてついに自死しようとさえするのだが、
完璧なバルトルによって救われてしまう羽目となる。
バルトルがいる限り自殺すらできないと悟った彼は
仕事に誇りを持とうとし、生活態度を改めていく。
しだいに歯科医としても成功し、
経済的にも成功者の仲間入りを果たしていくこととなる。
そんな折女からパーティーの誘いがかかる。
出かけた彼が見たものは、
憧憬していた女の変貌と、成功者たちと思っていたものたちの退廃だった。
バルトルを受け入れたことで彼は
自分自身が変化していたことに気づいたのである。

このほかにもちょっとした小遣い稼ぎに、
自分の鳥を探している人のものに届けるペテン師の行為と
彼と関わったものたちを描いた『手持ちの鳥』
など14の小品が収録されている。

いずれも追いつめられた人間が中心になっている。
とてもしみこんでくる作品群である。

9点

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kumaneko.asablo.jp/blog/2005/12/05/166469/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。