人は見た目が9割 ― 2006-06-01
竹内一郎 慎重新書 680円
最近の新書はベストセラーがよく生まれる。
タイトルの勝利であり、帯コピーの勝利といえよう。
内容的には岩波新書だって、今売れている新書群とくらべて、
特に難解というのではないのに、各社のものはヒットし、
岩波のものは今ひとつな感じだ。
これは本を売る姿勢の差なのだろう。
どちらがよいとは決められないが、
売れるためには手に取られるようしなければならないのは自明のことだ。
本書も、もし『非言語コミュニケーション入門』として発売していたなら、
これほど多くの人に読まれることは無かったろう。
著者は比較社会文化という学を修め、教鞭をとった後、
漫画原作を手がけ、戯曲を物したりし、
演出や演技指導している人だ。
帯には『理屈はルックスに勝てない』とあり、
僕など見栄えが悪いので、はらはらとしつつ読み出したのだが、
コピーほどには刺激的な内容とはいえない。
むしろ古典的な内容といってもよいくらいで、
米大統領などは、本書で述べられていることを実践している。
言語による伝達より、非言語の伝達が好感を得るキーとなる。
そうしたことはかなり知られている。
ただ、日本人の様式美は欧米とは異なる伝統を持っていて、
そうした理論がそのままだと理解しにくい面があった。
それを本書では解きほぐしているところは目新しい。
だからといって日常における
非言語伝達力向上の処方箋が示されているわけではない。
あくまで参考になる程度だと思う。
全体としては、演技論、漫画技法論としてみたほうがよりよいように思う。
特に一定年齢層以上で、
漫画をくだらないものとして捉えている人たちには、
本書から、高度な技法を併せ持つ、
総合芸術としての『漫画』を感じていただきたいものだ。
6点
最近の新書はベストセラーがよく生まれる。
タイトルの勝利であり、帯コピーの勝利といえよう。
内容的には岩波新書だって、今売れている新書群とくらべて、
特に難解というのではないのに、各社のものはヒットし、
岩波のものは今ひとつな感じだ。
これは本を売る姿勢の差なのだろう。
どちらがよいとは決められないが、
売れるためには手に取られるようしなければならないのは自明のことだ。
本書も、もし『非言語コミュニケーション入門』として発売していたなら、
これほど多くの人に読まれることは無かったろう。
著者は比較社会文化という学を修め、教鞭をとった後、
漫画原作を手がけ、戯曲を物したりし、
演出や演技指導している人だ。
帯には『理屈はルックスに勝てない』とあり、
僕など見栄えが悪いので、はらはらとしつつ読み出したのだが、
コピーほどには刺激的な内容とはいえない。
むしろ古典的な内容といってもよいくらいで、
米大統領などは、本書で述べられていることを実践している。
言語による伝達より、非言語の伝達が好感を得るキーとなる。
そうしたことはかなり知られている。
ただ、日本人の様式美は欧米とは異なる伝統を持っていて、
そうした理論がそのままだと理解しにくい面があった。
それを本書では解きほぐしているところは目新しい。
だからといって日常における
非言語伝達力向上の処方箋が示されているわけではない。
あくまで参考になる程度だと思う。
全体としては、演技論、漫画技法論としてみたほうがよりよいように思う。
特に一定年齢層以上で、
漫画をくだらないものとして捉えている人たちには、
本書から、高度な技法を併せ持つ、
総合芸術としての『漫画』を感じていただきたいものだ。
6点
レディ・ギネヴィア ― 2006-06-02
名香智子 小学館 648円
1980年に発表され、シリーズ化した作品だということだ。
著者は『少女コミック』でデビューし、
後プチフラワーという雑誌を主体にした。
プチフラワーについては↓
http://www1.odn.ne.jp/manga/zasshi/pf.htm
が、よく言い表している。
少女漫画の世界を愛する大人のためのものと考えてよさそうです。
この『レディ・ギネヴィア』の物語の背景は、
当時の少女漫画らしく欧州の社交界である。
主として登場するのは、
英国貴族の娘ギネヴィア
スウェーデンの実業家の後継ぎリアンダ
ギネヴィアの兄にして公爵の後継ぎアーサー
ドイツの有産家の娘らしいユーリエ
いずれも精神の安定と成熟という点で未発達な人物である。
これらの人物が交互に語る連作になっている。
本作品は性描写の部分をもっと露骨に描けば、
現在で言うところのレディース・コミックになっていてもおかしくありません。
シリーズ劈頭を飾る『レディ・ギネヴィア』では、
類稀な美女にして馬術の天才ではあるが、
人間との関係に欠陥があるギネヴィアと
男性として美しく、いつも違う女と寝ているが、
恋も愛も感じることのないリアンダの出会いが書かれる。
ギネヴィアの馬術に魅せられたリアンダは
ギネヴィアを身近にするとむかむかするといい、避けている。
しかし、それは意識には無くとも初恋だったのである。
ギネヴィアはリアンダの馬に惚れこみ、
自分の馬と彼の馬を掛け合わせて子馬を出産させようと試みるが、
あいにく母馬が死んでしまう。
馬の死を哀しむギネヴィアを見てリアンダは再度の種付けを断るのだが、
ギネヴィアの執拗で傲慢な言動に腹を立て、
我を失い強姦してしまうのである。
ギネヴィアを傷つけた代償に馬を譲り去るリアンダだった。
切望した馬を手に入れたものの、ギネヴィアは無理をして落馬、
馬自身も再起不能となり、銃殺することとなる。
一方、リアンダはユーリエと同棲をはじめる。
ユーリエに安住を感じたリアンダも、安らぎのときを感じていたが、
ギネヴィアより結婚式の招待状が届き、二人揃って出席するのだった。
式が間近になったとき、ギネヴィアとリアンダは互いの本心を知り、
ついには結婚する。
この物語から、次々と連作が書かれるのだが、
そこで語られるのは、不倫であったり、浮気であったり、
倒錯した親子関係であったりと、不道徳とも言える内容である。
しかし、浮世離れしたリアンダとギネヴィアが主人公である限り、
それらは実に自然に眺められるのだから不思議な物語だ。
唯一の純愛はアーサーのもので、
ユーリエへの愛だけが不安定なものでない。
ぎりぎりのところでコメディーとして読めるが、
僕にはこの作品が『伝説の名作』とは思えない。
『オリバー』という作品がオリジナルに追加されているが、
この作品は少年愛を描いている。
そこにいたる経過では、父リアンダとの関係が重要な位置を占めている。
シリーズをトータルに俯瞰したとき、整合性が失われているところがあるが、
『伝説の名作』とは言わないが、
それなりに楽しめる物語だとは思う。
女性にはかなり受け入れられているようだが、
男性には厳しい受け止め方をする例が多いのではないかと思う。
6点
1980年に発表され、シリーズ化した作品だということだ。
著者は『少女コミック』でデビューし、
後プチフラワーという雑誌を主体にした。
プチフラワーについては↓
http://www1.odn.ne.jp/manga/zasshi/pf.htm
が、よく言い表している。
少女漫画の世界を愛する大人のためのものと考えてよさそうです。
この『レディ・ギネヴィア』の物語の背景は、
当時の少女漫画らしく欧州の社交界である。
主として登場するのは、
英国貴族の娘ギネヴィア
スウェーデンの実業家の後継ぎリアンダ
ギネヴィアの兄にして公爵の後継ぎアーサー
ドイツの有産家の娘らしいユーリエ
いずれも精神の安定と成熟という点で未発達な人物である。
これらの人物が交互に語る連作になっている。
本作品は性描写の部分をもっと露骨に描けば、
現在で言うところのレディース・コミックになっていてもおかしくありません。
シリーズ劈頭を飾る『レディ・ギネヴィア』では、
類稀な美女にして馬術の天才ではあるが、
人間との関係に欠陥があるギネヴィアと
男性として美しく、いつも違う女と寝ているが、
恋も愛も感じることのないリアンダの出会いが書かれる。
ギネヴィアの馬術に魅せられたリアンダは
ギネヴィアを身近にするとむかむかするといい、避けている。
しかし、それは意識には無くとも初恋だったのである。
ギネヴィアはリアンダの馬に惚れこみ、
自分の馬と彼の馬を掛け合わせて子馬を出産させようと試みるが、
あいにく母馬が死んでしまう。
馬の死を哀しむギネヴィアを見てリアンダは再度の種付けを断るのだが、
ギネヴィアの執拗で傲慢な言動に腹を立て、
我を失い強姦してしまうのである。
ギネヴィアを傷つけた代償に馬を譲り去るリアンダだった。
切望した馬を手に入れたものの、ギネヴィアは無理をして落馬、
馬自身も再起不能となり、銃殺することとなる。
一方、リアンダはユーリエと同棲をはじめる。
ユーリエに安住を感じたリアンダも、安らぎのときを感じていたが、
ギネヴィアより結婚式の招待状が届き、二人揃って出席するのだった。
式が間近になったとき、ギネヴィアとリアンダは互いの本心を知り、
ついには結婚する。
この物語から、次々と連作が書かれるのだが、
そこで語られるのは、不倫であったり、浮気であったり、
倒錯した親子関係であったりと、不道徳とも言える内容である。
しかし、浮世離れしたリアンダとギネヴィアが主人公である限り、
それらは実に自然に眺められるのだから不思議な物語だ。
唯一の純愛はアーサーのもので、
ユーリエへの愛だけが不安定なものでない。
ぎりぎりのところでコメディーとして読めるが、
僕にはこの作品が『伝説の名作』とは思えない。
『オリバー』という作品がオリジナルに追加されているが、
この作品は少年愛を描いている。
そこにいたる経過では、父リアンダとの関係が重要な位置を占めている。
シリーズをトータルに俯瞰したとき、整合性が失われているところがあるが、
『伝説の名作』とは言わないが、
それなりに楽しめる物語だとは思う。
女性にはかなり受け入れられているようだが、
男性には厳しい受け止め方をする例が多いのではないかと思う。
6点
NHKのディロン ― 2006-06-03

ディロンの2回目を見た。
本とはやはり相当に異なる。
物語としては、一般に受け入れやすくなるようしたということか。
原作本なら、物語の中心となる主婦がいる社会的な地位が、
かなり裕福な階層に属するし、
ドラマのような劇的な人と人の出会いもないですからね。
今日は動物保護施設のような意味で保険所を紹介していたし、
こんなに物語の主設定を変えて、
原作のもつニュアンスが、5回のシリーズで伝えられるの?
なんて思ってしまった。
ディロン役のゴールデン、いい顔しています。やっぱり。
だけど『ごお』君のほうが可愛かったと、
『馬鹿い主』の僕は主張するのだ。
本とはやはり相当に異なる。
物語としては、一般に受け入れやすくなるようしたということか。
原作本なら、物語の中心となる主婦がいる社会的な地位が、
かなり裕福な階層に属するし、
ドラマのような劇的な人と人の出会いもないですからね。
今日は動物保護施設のような意味で保険所を紹介していたし、
こんなに物語の主設定を変えて、
原作のもつニュアンスが、5回のシリーズで伝えられるの?
なんて思ってしまった。
ディロン役のゴールデン、いい顔しています。やっぱり。
だけど『ごお』君のほうが可愛かったと、
『馬鹿い主』の僕は主張するのだ。
みんなで卒業をうたおう ― 2006-06-03
紡木たく 集英社
このところ故あって少女漫画を物色している。
時々行く古本屋の85円コーナーは、
見る人が見れば垂涎物が多数並ぶ。
紡木たく選集第4巻である本書も85円で求められラッキーだ。
紡木たくは1964年生まれ、17歳でプロデビューしている。
別冊マーガレットを発表の場としていて、
代表作は『ホットロード』らしい。700万部売れたというからすごい。
あいにく未読なのでなんともいえないが、
『机をステージに』や『みんなで卒業をうたおう』から判断すると、
受験や恋愛、生徒指導という名の暴力に揺れるローティーンを、
中から表現していることから、絶大な支持を受けたのだろう。
20年たった今でも、
これほど10代の渇きをストレートに表現した作風は、
少ないのではないかと思う。
1990年代になって作品が暗く重いものに傾斜して言ったそうで、
現在では新しい作品がないみたいだが、
残された作品は今読んでもあせることのない輝きを持っている。
惜しむらくは、紡木たくの描く不良像は、
少女漫画にありがちな、不良だけれど優しい人という構図だとか、
不良の仲間意識の強さを強調しすぎている点である。
1960年代までならともかくとして、
ここに画かれる不良像はプロトタイプにすぎる。
高度成長期以降のギャング集団の特性についての考察がなされず、
所謂不良神話がが前面に押し出されすぎている。
しかし、それを補って余りある、普通の少女の繊細な表現が、
紡木たく作品を語り続けさせる原動力になるだろう。
6点
なんといっても、わし中年男性だから、辛目評価もやむを得ず。
このところ故あって少女漫画を物色している。
時々行く古本屋の85円コーナーは、
見る人が見れば垂涎物が多数並ぶ。
紡木たく選集第4巻である本書も85円で求められラッキーだ。
紡木たくは1964年生まれ、17歳でプロデビューしている。
別冊マーガレットを発表の場としていて、
代表作は『ホットロード』らしい。700万部売れたというからすごい。
あいにく未読なのでなんともいえないが、
『机をステージに』や『みんなで卒業をうたおう』から判断すると、
受験や恋愛、生徒指導という名の暴力に揺れるローティーンを、
中から表現していることから、絶大な支持を受けたのだろう。
20年たった今でも、
これほど10代の渇きをストレートに表現した作風は、
少ないのではないかと思う。
1990年代になって作品が暗く重いものに傾斜して言ったそうで、
現在では新しい作品がないみたいだが、
残された作品は今読んでもあせることのない輝きを持っている。
惜しむらくは、紡木たくの描く不良像は、
少女漫画にありがちな、不良だけれど優しい人という構図だとか、
不良の仲間意識の強さを強調しすぎている点である。
1960年代までならともかくとして、
ここに画かれる不良像はプロトタイプにすぎる。
高度成長期以降のギャング集団の特性についての考察がなされず、
所謂不良神話がが前面に押し出されすぎている。
しかし、それを補って余りある、普通の少女の繊細な表現が、
紡木たく作品を語り続けさせる原動力になるだろう。
6点
なんといっても、わし中年男性だから、辛目評価もやむを得ず。
ドッグランで楽しむ ― 2006-06-04

うちに来たばかりの頃は、
ジョンは僕のことも『そらん』のことも分からなかった。
そのうえ、車に乗せられてあっちこっちに連れて行かれるものだから、
なんだか面食らっていたみたいだ。
最初はなにをして遊んでよいかも分からなかったジョンだけれど、
5月の中ごろから、『そらん』と一緒に走ったり
水遊びしたりできるようになって来た。
大きな犬が近づいてきても、しっぽを巻いて退散することもなくなり、
相手が温厚そうな子だと匂い取りもさせるようになっている。
たいそうな進歩だ。
足の筋肉の量が少な目ということもあり、
すぐに疲れてしまうのだけれど、
ドッグランへのお出かけが楽しくなったようだ。
今日もドギーズパークまでお出かけしたが、
何回かで会ったことのある犬が多かったので、
リラックスして遊べたようだ。
ジョンは僕のことも『そらん』のことも分からなかった。
そのうえ、車に乗せられてあっちこっちに連れて行かれるものだから、
なんだか面食らっていたみたいだ。
最初はなにをして遊んでよいかも分からなかったジョンだけれど、
5月の中ごろから、『そらん』と一緒に走ったり
水遊びしたりできるようになって来た。
大きな犬が近づいてきても、しっぽを巻いて退散することもなくなり、
相手が温厚そうな子だと匂い取りもさせるようになっている。
たいそうな進歩だ。
足の筋肉の量が少な目ということもあり、
すぐに疲れてしまうのだけれど、
ドッグランへのお出かけが楽しくなったようだ。
今日もドギーズパークまでお出かけしたが、
何回かで会ったことのある犬が多かったので、
リラックスして遊べたようだ。
今日の一枚 ― 2006-06-05

後姿だけど、かっちょいいぞ。「そらん」。
ミミズクとオリーブ ― 2006-06-05
芦原すなお 創元推理文庫 580円
芦原作品を読むのは『青春デンデケデケデケ』以来である。
学園祭でベンチャーズの楽曲に挑戦する高校生を描いた青春小説は、
おもしろいと思いつつも、微妙な世代ギャップがあり、期待はずれであった。
こういう世界を描く人なんだという固定観念ができ、
まったく注意せず、以後の芦原作品を読むことはなかった。
先日、たまに行く書店で物色していると、
創元社の『未来の古典フェア』の一冊に本書があり、
平積み展示がなされていた。
表紙は和服の女性が木に止まっているふくろうに手を差し出していて、
懐かしい感じのする家屋(縁側)に座る男性が描かれている。
いい感じだ。芦原さんってミステリも書くのか、と驚いたのだ。
とりあえず表紙と題名に惹かれて買ってみたが、
これが実におもしろい。
表紙の二人は、作家とその妻なのだが、
その妻がホームずばりの推理力の持ち主なのだ。
表題作ほか7つの短編が本書には収められているが、
その推理振りには感心させられる。
ついでに香川のうまい料理の数々が、
これでもかとばかりに紹介され、ついつい食べに行きたくさせるのだ。
表題作は、作家の大学時代の友人が、
なぞめいた書置きを残し蒸発した妻の気持ちが分からず、
女性としての意見を聴きに来る物語だ。
手料理を給仕しながら話を聞くだけで、
失踪した妻の居所の見当もつけ、その原因も言い当て、
危機にある夫婦を救ったのである。
この物語に続いては、この一連の連作を盛り上げる脇役が登場する。
作家の高校での友人で警部の職にある河田だ。
この河田と作家の会話が以後の連作にかるみを生み出している。
『紅い珊瑚の耳飾り』では、遊びに来た河田と話すうち、
最近手がけた殺人事件が話題になる。
解決の自慢をするか綿の説明に、妻が疑問を呈する。
そして妻の疑問どおり真犯人が別にいることが判明するのだ。
河田は妻の助言を受け、再捜査を行う。
このとき作家は妻の眼となって操作に同行する。
作家の報告を手がかりに核心に迫る妻の推理は冴え渡るのである。
以後、このパターンが踏襲される。
続編に『嫁洗い池』があるらしい。
ぜひ読もうと思っている。
7点
芦原作品を読むのは『青春デンデケデケデケ』以来である。
学園祭でベンチャーズの楽曲に挑戦する高校生を描いた青春小説は、
おもしろいと思いつつも、微妙な世代ギャップがあり、期待はずれであった。
こういう世界を描く人なんだという固定観念ができ、
まったく注意せず、以後の芦原作品を読むことはなかった。
先日、たまに行く書店で物色していると、
創元社の『未来の古典フェア』の一冊に本書があり、
平積み展示がなされていた。
表紙は和服の女性が木に止まっているふくろうに手を差し出していて、
懐かしい感じのする家屋(縁側)に座る男性が描かれている。
いい感じだ。芦原さんってミステリも書くのか、と驚いたのだ。
とりあえず表紙と題名に惹かれて買ってみたが、
これが実におもしろい。
表紙の二人は、作家とその妻なのだが、
その妻がホームずばりの推理力の持ち主なのだ。
表題作ほか7つの短編が本書には収められているが、
その推理振りには感心させられる。
ついでに香川のうまい料理の数々が、
これでもかとばかりに紹介され、ついつい食べに行きたくさせるのだ。
表題作は、作家の大学時代の友人が、
なぞめいた書置きを残し蒸発した妻の気持ちが分からず、
女性としての意見を聴きに来る物語だ。
手料理を給仕しながら話を聞くだけで、
失踪した妻の居所の見当もつけ、その原因も言い当て、
危機にある夫婦を救ったのである。
この物語に続いては、この一連の連作を盛り上げる脇役が登場する。
作家の高校での友人で警部の職にある河田だ。
この河田と作家の会話が以後の連作にかるみを生み出している。
『紅い珊瑚の耳飾り』では、遊びに来た河田と話すうち、
最近手がけた殺人事件が話題になる。
解決の自慢をするか綿の説明に、妻が疑問を呈する。
そして妻の疑問どおり真犯人が別にいることが判明するのだ。
河田は妻の助言を受け、再捜査を行う。
このとき作家は妻の眼となって操作に同行する。
作家の報告を手がかりに核心に迫る妻の推理は冴え渡るのである。
以後、このパターンが踏襲される。
続編に『嫁洗い池』があるらしい。
ぜひ読もうと思っている。
7点
今日の訓練 ― 2006-06-06

暑い。大阪じゃ30度は暑いとは言わないのだが、暑い。
で、今日の訓練は暑さに負け、人間が集中力に欠けた。
ハンドラーが集中力に欠けていては、
『そらん』の集中力が高まるはずもない。服従のおさらいも散々だ。
それでも捜索だけは嬉々として取り組むのだから、
そらんは、たいした奴なのかもしれない。
やはり家でごろごろ・べたべたが楽でいい。
写真は「そらん」の退屈大あくび顔
で、今日の訓練は暑さに負け、人間が集中力に欠けた。
ハンドラーが集中力に欠けていては、
『そらん』の集中力が高まるはずもない。服従のおさらいも散々だ。
それでも捜索だけは嬉々として取り組むのだから、
そらんは、たいした奴なのかもしれない。
やはり家でごろごろ・べたべたが楽でいい。
写真は「そらん」の退屈大あくび顔
動物実験基本指針 ― 2006-06-07
6月6日付朝日新聞夕刊7面に、
文部科学省と厚生労働省の『動物実験基本指針』が、
動物実験のガイドラインとして告示させられたと報じられている。
あわせて『動物愛護管理法』も改定され、
苦痛の軽減・代替法活用・使用数の減少が盛り込まれたということだ。
これまでは文部省通達により、
各研究機関が自主的に管理してきたということだが、
国際的に見て統一ルールがないと見られることとなっていた。
これはまずいということで、日本の優秀な官僚組織がひねり出したのが、
今回の指針ということになる。
内容的に見れば、今回の告示は格段の進歩とみなすことができる。
しかし、国の指針、研究機関の規定が遵守されているかを
監視し指導するシステムが無く、大きな課題が残る。
廃棄物処理法があっても罰則や規制上の抜け道を残し、
業界に遠慮したたたずまいにしてしまうのが、
この国の政治と行政の問題点だ。
僕は動物実験をすべて廃止すべきだという極論に賛同はしないが、
予算消化のために不必要な実験が行われていたり、
最初からサンプル数確保のために大規模な実験を行うことには
大きな疑問を感じている。
ガイドラインが示されたことで、研究機関の内部規定も変更されるだろうが、
その実効性を担保させるには、
まさしく極端な動物愛護を訴える団体からの委員選抜も必要である。
そう思える。
これまでの日本での監視機構のあり方を見た場合、
政府主導の委員会は、水俣にしても、そのほかにしても
企業・政府よりの答弁を繰り返してきている。
その轍を繰り返さぬよう、願うばかりである。
市民団体として、この問題をとりあげるHPには
http://www.ava-net.net/
などがあります。意見を見、考えることが求められている。
文部科学省と厚生労働省の『動物実験基本指針』が、
動物実験のガイドラインとして告示させられたと報じられている。
あわせて『動物愛護管理法』も改定され、
苦痛の軽減・代替法活用・使用数の減少が盛り込まれたということだ。
これまでは文部省通達により、
各研究機関が自主的に管理してきたということだが、
国際的に見て統一ルールがないと見られることとなっていた。
これはまずいということで、日本の優秀な官僚組織がひねり出したのが、
今回の指針ということになる。
内容的に見れば、今回の告示は格段の進歩とみなすことができる。
しかし、国の指針、研究機関の規定が遵守されているかを
監視し指導するシステムが無く、大きな課題が残る。
廃棄物処理法があっても罰則や規制上の抜け道を残し、
業界に遠慮したたたずまいにしてしまうのが、
この国の政治と行政の問題点だ。
僕は動物実験をすべて廃止すべきだという極論に賛同はしないが、
予算消化のために不必要な実験が行われていたり、
最初からサンプル数確保のために大規模な実験を行うことには
大きな疑問を感じている。
ガイドラインが示されたことで、研究機関の内部規定も変更されるだろうが、
その実効性を担保させるには、
まさしく極端な動物愛護を訴える団体からの委員選抜も必要である。
そう思える。
これまでの日本での監視機構のあり方を見た場合、
政府主導の委員会は、水俣にしても、そのほかにしても
企業・政府よりの答弁を繰り返してきている。
その轍を繰り返さぬよう、願うばかりである。
市民団体として、この問題をとりあげるHPには
http://www.ava-net.net/
などがあります。意見を見、考えることが求められている。
Kiss+πr2 ― 2006-06-08
くらもちふさこ 集英社
『たいへんおまたせしました』と、その続編「Kiss+πr2」がカップリングされた、
「くらもちふさこ選集 第1巻』です。
発表は1986年。別冊マーガレット。
くらもちふさこは1955年生まれ。
1972年にプロデビュー。別冊マーガレットが発表の舞台だった。
「いろはにこんぺいと」や『東京のカサノバ』が
僕の記憶ではおもしろかったように思う。
『A-Girl]も、展開を楽しみにしていたが、
マーガレットを供給していてくれていた女性が結婚し、転居したため、
続きを読むにいたらなかった。
マーガレットから大人向け漫画雑誌として独立した『コーラス』に移籍し、
「天然コケッコー」という作品などを発表していたようだが、
21世紀にはいってからは、ほとんど新刊が出ていない。
さて「くらもちふさこ選集」は1992年に全5巻で発売された。
次々とヒット作を飛ばしていた時期のものだけに、
なかなか充実したラインアップとなっている。
『たいへんおまたせしました』は
小さい頃に母親が逃げ、テレビの公開捜査番組に父と出たものの、
母は帰ってこず、悩んだ父は狂言自殺に失敗、そのまま香らぬ人となり、
引き取り育ててくれた祖母の喪中という、
運に見放された高校生・雑賀喜由が主人公。
過酷な状況が暗い影を落としている。
そんな彼に、葵という女性がバレンタインにケーキを持って尋ねてくる。
話しているうちにちょっとした事故で、
ガスコンロから出火、火事にはならなかったものの、
彼の前髪が焼け、葵は責任を感じ修理代代わりに宝くじを託す。
この宝くじが当たって、彼の運が逆回転を始めるのだ。
女の子から言い寄られるは、生徒会長になってしまうは。
あこがれていたちょいと高慢な美人・冬子からも告白されるは。
冬子と恋人みたいな関係になったとき、冬子に求めていたものが違うと思い、
冬子とのキスより、葵のけなげさに惹かれる自分を発見する。
葵の自宅を訪れたとき、彼が欲しかったものが見つかってしまう。
ざっと荒筋はこんなところだが、
雑賀君の運命の転換点となった葵のような女性が描けたのは、
1980年代という時代ゆえだろう。
むしろ女の子の本質は冬子に近くなってすている。
そういう気がする。
「Kiss+πr2」は前作の登場人物に加え、
阿保という勝気なようで涙もろい、雑賀が気になる同級生と
氷見という一風変わったクールな男ともだちが絡んで、
雑賀の揺れる恋心と男との友情が語られます。
くらもちさんのこのあたりの心理描写は抜群で、
男が惹かれる危険な女としての冬子が実に魅力的。
冬子・葵・阿保とタイプの異なる女性の書き分けもうまいと思います。
こうして眺めると、作品世界では青いが一番安定した関係で
男は葵を選びそうに思えるのでしょうが、
実際には冬子に振り回されるほうが多いのでしょう。
残念ながら、僕には冬子のような人との出会いが無かったので分かりません。
いずれにせよ魅力的な女性陣です。
『たいへんおまたせしました』と、その続編「Kiss+πr2」がカップリングされた、
「くらもちふさこ選集 第1巻』です。
発表は1986年。別冊マーガレット。
くらもちふさこは1955年生まれ。
1972年にプロデビュー。別冊マーガレットが発表の舞台だった。
「いろはにこんぺいと」や『東京のカサノバ』が
僕の記憶ではおもしろかったように思う。
『A-Girl]も、展開を楽しみにしていたが、
マーガレットを供給していてくれていた女性が結婚し、転居したため、
続きを読むにいたらなかった。
マーガレットから大人向け漫画雑誌として独立した『コーラス』に移籍し、
「天然コケッコー」という作品などを発表していたようだが、
21世紀にはいってからは、ほとんど新刊が出ていない。
さて「くらもちふさこ選集」は1992年に全5巻で発売された。
次々とヒット作を飛ばしていた時期のものだけに、
なかなか充実したラインアップとなっている。
『たいへんおまたせしました』は
小さい頃に母親が逃げ、テレビの公開捜査番組に父と出たものの、
母は帰ってこず、悩んだ父は狂言自殺に失敗、そのまま香らぬ人となり、
引き取り育ててくれた祖母の喪中という、
運に見放された高校生・雑賀喜由が主人公。
過酷な状況が暗い影を落としている。
そんな彼に、葵という女性がバレンタインにケーキを持って尋ねてくる。
話しているうちにちょっとした事故で、
ガスコンロから出火、火事にはならなかったものの、
彼の前髪が焼け、葵は責任を感じ修理代代わりに宝くじを託す。
この宝くじが当たって、彼の運が逆回転を始めるのだ。
女の子から言い寄られるは、生徒会長になってしまうは。
あこがれていたちょいと高慢な美人・冬子からも告白されるは。
冬子と恋人みたいな関係になったとき、冬子に求めていたものが違うと思い、
冬子とのキスより、葵のけなげさに惹かれる自分を発見する。
葵の自宅を訪れたとき、彼が欲しかったものが見つかってしまう。
ざっと荒筋はこんなところだが、
雑賀君の運命の転換点となった葵のような女性が描けたのは、
1980年代という時代ゆえだろう。
むしろ女の子の本質は冬子に近くなってすている。
そういう気がする。
「Kiss+πr2」は前作の登場人物に加え、
阿保という勝気なようで涙もろい、雑賀が気になる同級生と
氷見という一風変わったクールな男ともだちが絡んで、
雑賀の揺れる恋心と男との友情が語られます。
くらもちさんのこのあたりの心理描写は抜群で、
男が惹かれる危険な女としての冬子が実に魅力的。
冬子・葵・阿保とタイプの異なる女性の書き分けもうまいと思います。
こうして眺めると、作品世界では青いが一番安定した関係で
男は葵を選びそうに思えるのでしょうが、
実際には冬子に振り回されるほうが多いのでしょう。
残念ながら、僕には冬子のような人との出会いが無かったので分かりません。
いずれにせよ魅力的な女性陣です。
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