殺人鬼フジコの衝動2011-10-24

真梨幸子    徳間文庫    648円(別)

21世紀に入って、ますます小説は気持ち悪いものが増えている。
人間の弱さや残酷さや身勝手さなどを、
これでもかというくらいにたたきつけられたものが増えた。
人に眠る善性を呼び覚ますときでも、
とても醜い動機が与えられていたりもする。
もちろん人を信じた作品もそれなりに出版されてはいるが、
汚さや無常さを描いたものの方が注目を集めているように思う。
さもなくば理由なき惨殺ゲームなどが脚光を浴びている。

たぶん、みんなが今の世界の枠組みの中で、
自分自身の闇を知り始めてきたということなのかもしれない。
気持ち悪い小説の中の、見たくもない異様な人の姿が、
少しのきっかけで自分の近未来にもなりうるとの
漠然とした予感を持ってのことだろうと思う。

フジコは、見栄っ張りな両親のもとで、虐待を受けながら育った。
両親は同僚とはホームパーティーなどで散在してみせるが、
フジコを含む子供には金をかけない。しばしば給食費すら払えないでいる。
妹と一枚の体操着を共有し、そのことから同級生からいじめの標的にされている。
両親は育児放棄に加え、しばしば子供に暴力をふるう。
偽りの家族は、やがて崩壊してしまうのである。
一家惨殺事件という結末が待っていた。

ただひとりの生き残りとして、「すべてを忘れるのよ。」と言う叔母に引き取られ、
学校を転校し、新しい人生を歩みだす。
以前のようにはならない。
フジコは、新しい環境の中で、子供集団のパワーゲームを生き延びるべく、
子供のボスにこびへつらい、わいろをわたしする。
小遣いが足りなくなれば、
叔母の財布から金を抜き取り、相手の歓心を買う。
すべては自己の保身のために。
そういうフジコの行為を容認するおば。

…そして最初の悲劇が起きる。

フジコの人生は、叔母が「忘れるのよ」と言うたびに狂っていく。

やがて高校生になり、恋もし、友人もできるフジコ。
ところが恋人が友人とできてしまい、再び悲劇が起きる。
手にしたものを失いたくないために、フジコが選んだのは恋人。
ところが選んだ末の結果が本当の破滅へとつながっていた。

フジコは何度も殺人という行動で、人生のリセットして、やり直しを図る。
いったんは幸せを手に入れられそうになるのだが、
いつしか不幸へといざなわれてしまう。
母のようにはならないと抗っていても、
まるで母の人生をトレースしているだけのようでもある。
ネグレクトは繰り返され、ついには母と同じ終焉を迎える。

人生は、バラ色のお菓子のよう……。
自らの欲望のために、人を殺す。
フジコはどうして伝説の殺人鬼に転落してしまったのか。

古いポップスの「夢見るシャンソン人形」を引用し、
フジコの人生を重ね合わせていくところは見事。
この部分だけでも十分に面白い。

この作品を真に恐ろしい小説にしているのは、
プロローグの4ページほどと、あとがきの14ページ、
それと最後におかれた新聞記事にある。

フジコの転落が、いかにして演出されたかを知った時、
読者は愕然とする。

心星ひとつ みおつくし料理帖2011-10-24

高田郁   角川春樹事務所    590円(別)

みおつくし料理帖は本作で6集目となる。
「八朔の雪」「花散らしの雨」2009
「想い雲」「今朝の春」2010
そして2011年に入って「小夜しぐれ」が発表されている。

高田郁は、1993年に、漫画『YOU』で川富士立夏という名で、
漫画原作者としてデビューしたそうだ。高田郁名義でも原作がある模様。
そうした経歴ののち、2006年頃から小説家として活動しだしたようだ。
2007年に短編「出世花」で第2回小説NON短編時代小説賞奨励賞を受賞し、
同題の短編集で2008年に刊行し、時代小説作家としてデビューした。
2009年に発売された「みおつくし料理帖」シリーズは、
関西キー局のラジオ番組などでも絶賛され、
世の多くの人々の心をわしづかみにしたようだ。
「八朔の雪」はオフィスYOUでコミック連載されてもいる。

「みおつくし料理帖」の魅力は、おいしそうな料理の数々にある。
著者は料理の一つ一つを自ら再現したうえで書いているのだそうだ。
それに、豊かな造形が施された作中人物たちの人情みが加わる。
市井物としての出来栄えも素晴らしい。

主要登場人物としては
澪。
大阪で塗ばし職人の娘として生まれる。
水害で孤児となり、名料亭・天満一兆庵の店主・嘉兵衛に引き取られ子同然に育てられる。
しかし、火事にて店を失い、江戸の息子を頼りに主人夫妻ともども江戸に流れる。
江戸の店は失われており、失意のうちに嘉兵衛は亡くなり、
未亡人となった芳とともにつる屋の種市に助けられ、
その卓越した料理の腕で料理人として奮闘中。
幼き日に野江とともに人相見から『雲外蒼天』の卦を告げられている。
野江
澪の幼馴染で大店の娘。澪同様水害で孤児となり、
人さらいの手で吉原に売られる。
聡明で美しいことから、お大尽たちより争われるあさひ太夫となった。
料理人としての澪が再会を果たしたものの、
幼き日のようには会えていない。
「旭日昇天」の卦を得ている。

天満吉兆案の御料さんで、人を扱う技量に優れている。
江戸で息子・佐兵衛を探している。
種市
蕎麦屋だったつる屋の主人。屋号には亡くなった娘の名を読み込んでいる。
澪に娘の面影を見、つる屋で奉公人として迎えた。
澪の味覚の鋭さに感じ入り、料理人として立つことを決意させる。
小松原
つる屋のなじみ客。料理への造詣が深く、しばしばアドバイスを澪にする。
澪の思い人。
本当は旗本で御膳奉行の小野寺という。
澪の健気さに惹かれている。
永田源斉
御典医の二男。非常に優れた町医者である。
わかりにくいが澪に惹かれている。
ふき
澪と同様の孤児。弟は「登龍楼」に奉公している。
采女宗馬
料理屋「登龍楼」の店主。江戸で評判の店。
つる屋と料理番付でのライバルとなっている。
確かな技量を持つのだが、汚い手も使う。
「みおつくし料理帖」での敵役として存在している。
坂村堂
常客となった版元。確かな舌を持つ。
最新作で料亭生まれと彼の出自が明らかにされる。
清右ヱ門
戯作者。澪と野江の関係を知り、
天満吉兆庵の再建を果たすことで野江の身請けをするよう唆す。
口は悪いが愛すべき元武士。
又次
あさひ太夫のいる『翁屋』のまかない料理人。
荒事もこなす。

これらの登場人物たちが繰り広げる人間模様は飽きさせない。
澪が創意工夫で料理人として成長していく過程が心地よい。
澪の忍ぶ恋、忍ぶ思い、世話になった人々との絆の間で、
時折悩みからら道を見失い、途方に暮れる。
その都度、周囲の人々が温かく見守る姿に安どを感じる。

「心星ひとつ」は、8月に発刊されたシリーズ最新作だ。
早ければ来年早々にも続刊が出るだろう。
小松原との恋の行方が、高田郁氏の手でどのように決着がつけられるのか見もの