パイド・パイパー2006-08-04

副題は『自由への越境』

ネビル・シュート  創元推理文庫  700円

最初気づかなかった。
著者が名作『渚にて』のシュートだということに。
『渚にて』は、紛れもなく20世紀SFを代表する一冊である。
再び戦争の時代に入った21世紀にこそ、
もつとも読まれてよい世界の週末の物語が『渚にて』だ。
この『パイド・パイパー』も、『渚にて』同様感銘深い作品となっている。
SF ではなくて、第2次大戦当初を背景にしたロードのベルとなっている。

物語は、ドイツの空爆が激しさを増すロンドンから始まる。
70歳になった元弁護士・ハワードとクラブのオーナーが、
空襲のさなか語り合うところから始まる。
ハワードは少し前まで、息子を戦争で喪う傷心を癒すため、
フランスの片田舎に釣竿を道連れに旅に出ていて、
イギリスに戻ってきたばかりだというのだ。
それもほとんど歩いてばかりで。。。

ドイツの侵攻により、ダンケルクから連合軍が撤退するまで、
ハワードは戦争中だということを忘れていた。
しかし、戦火が激しさを増すにあたり、
イギリスでできることをしたいと考え帰国を決意したのだった。
そのハワードに知人が子供たちを連れて帰国してくれと依頼をする。

ドイツ軍の侵攻は早く、
子供を連れた老人はイギリスはおろかパリにも行きつけない。
ドイツ軍に見つかってはいけない。
見つかれば、イギリス人は捕虜として拘束される。
子供たちだけでも無事届けなければならない。
子供たちの好奇心にも注意をしなければならない。
注意しても英語を使う子供たちをなだめすかししながら、
老ハワードは、辛抱強くことに当たり問題を解決していく。
しかし、パリを迂回するバスがドイツ軍の襲撃を受け、
いよいよむドイツが支配するフランスを徒歩で移動しなければならなくなる。
ハワードと子供二人の一行は、進むにつれ、子供の数が増えていく。
一行は無事イギリスにたどり着けるのか。

『パイド・パイパー』は単純にいえば、
戦時下、ドイツに占領されたフランスをイギリス人が脱出するだけの話だ。
いくつかのエピソードが挿入されていて、
それらが人の生きている思いを、鮮やかに描き出していはするものの、
本当に単純な話だ。
劇的なことは何もない。
ひたすら、困難が発生しても投げ出さずに、
頭を垂れて救いや助言を聞き入れ、正直であり続けることだけを武器に、
最大の難関すら克服した老人の物語である。
淡々とした描写が、より結末を鮮やかにしている。
静かに興奮できる一冊だ。

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