真田三代記2008-01-08

土橋治重   PHP研究所   520円

著者は詩人・小説家。1993年に物故している。
小説家というより歴史上の人物を中心にした史伝作家。
表題作は1982年単行本化されたもの。

明治から対象にかけて大流行した真田幸村と十勇士の活躍を描く、
立川文庫版の意訳・抄訳に真田幸隆から幸村までの前史を加え、
本書は構成されている。

真田家は小領主ながら、幸隆、昌幸と知将・謀将として有能であり、
上杉氏・武田氏・北条氏という強大国に囲まれながらも、
巧みな戦略により、戦国時代を生き延びた。
武田氏に属し幸隆が中興し、昌幸を経て信行へと受け継がれていく。
武田氏滅亡後、生き残りの過程で秀吉より本領安堵されたのを恩顧とし、
自家を二つに割ってまで、関が原戦役にて西軍に寄騎し、
大阪戦役にても幸村が大阪方に最後までよりそい、
且つ再三にわたり家康本陣を脅かしたことで、
知勇兼備の義士として讃えられている。

本書の三代とは、昌幸、信行の弟・信繁こと幸村、その息子大介を指す。
滅亡していく豊臣家の下で、徳川方を恐れさせた猛将としての幸村、
秀頼に準じて落命した大介を義士とみなす民衆の判官贔屓が、
史実にはない秀頼主従の薩摩落ちという伝説さえ産み、
民間伝承として伝わった来ていたのであろう。

徳川体制から明治政府へと変化していく時代背景のなか、
徳川家を敵役とした痛快無比な物語は、
大衆に広く支持され、現代に至っている。
講談や映画などを通して広く親しまれた物語は、
その後も小説、漫画などで採り上げられ、
架空の猿飛佐助・霧隠才蔵といった忍術使いは、
実在の人物を超える存在感と人気を有している。

土橋氏は、その原点とも言える立川文庫・真田三代を、
現代によみがえらせると供に、補注などを付し、
よりわかりやすく構成して見せている。

史実と異なる歴史があっても「ええじゃないか」。

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