1985年の奇跡 ― 2009-03-07
五十嵐貴久 双葉社 667円
「安政5年の大脱走」をずいぶんと前に読んで以来、
久しぶりに手にとることにした作家だ。
いづれも未読なのだが、デビュー作が2002年の『リカ』。
この作品は第2回ホラーサスペンス大賞で大賞を受賞。
テレビドラマに取り上げられた作品も、「ロケットボーイズ」「交渉人」
「パパと娘の7日間」などがある。
安定した作家活動を続けているといえる。
「安政5年の大脱走」は映画「パピヨン」を思い起こさせるものであった。
大老井伊の不遇時代に恋した女性、その面影を継ぐ小藩の娘を我が物にしようとして、
権力をほしいままにする井伊が考えたたくらみ。
参勤交代中の小藩の武士を。たった一本の道だけが外界に通じる、
断崖絶壁に囲まれた場所に幽閉する。
誰も自決することなく、誰も殺さず、この苦境から抜け出す。
藩士たちは、地を掘っての脱出を試みる。
だが、言いの監視はそのたくらみを見破り、
小藩の運命はきわまったかに見えた。
以外にどんでん返しに、あっと驚く結末が待っている。
こんなん詐欺やあっと叫びながらも、作者のおきて破りに喝采を送ってしまう自分がいた。
なんというか肩透かしなのだが、それが心地よかった。
で、このチャ者の作品は機械があれば読みたいとは思っていたのだが、
なかなか読みたいと思うタイトルがなく、ずるずると来た。
「1985年の奇跡」には触手が動きかけたものの、
あと一歩のところで買うには至らなかったのであつた。
このたび、ブックオフで105円で出ていたから、思わず買って読んだのだ。
感想は、面白いやないか。
1985年というのは、大阪では阪神の優勝があるかもというので、大いに盛り上がっていた。
嘘のような岡田、欠け腑、バースによるバックスクリーン3連弾など
奇跡というしかない形で、この年の阪神は優勝する。
おにゃんこクラブは、それまで高嶺の花だったアイドルを、
隣のあのこと比較させる程度のものにしてしまった。
下手をすれば、クラスのアイドル程度の容貌の、ごくふつうの女の子が、
スーパーアイドルになってしまったのだから、奇跡といえば奇跡だ。
「1985年の奇跡」は、そういう当時の時代背景を巧に作中に取り入れた、
青春小説の趣がある。
しかし、読み手は、現役の高校生というより、
1985年当時、高校生だったものがターゲットとなる。
おニャンコの誰がいいとかなど、
ノスタルジーを掻き立てられる昔の少年以外にはぴんとくるまい。
だから昔は面白かったよなあってな乗りで読むのが楽しいのだと思う。
背景を整理しなおせば、おっさん向きというより、
中学生程度の夢のある少年のための小説にはなりえよう。
でも、現実を知りすぎる高校生では、
素直に読むことは難しいのかなとも思う。
ストーリーはいたって単純。
東京の新設都立高校の弱小野球部が舞台。
猫の額程度のグランドで、野球は好きだが練習は嫌い。
寄ると女の子の話題ばかり。努力が嫌いだから、
試合をしても勝ったこともない。
学校にはうんざりしている。校長の管理主義には不満だらけ。
そんな野球部に天才ピッチャーが転校してきた。
野球特待生で名門高校に入ったが肘の故障のためいづらくなり来たという。
そのピッチやーの肘が故障から回復しているらしいと知った野球部一同は、
彼を中心に試合に臨み、優勝候補を次々と撃破して準決勝にこまを進める。
管理主義に反発する生徒たちも野球部への期待を膨らませ、盛り上がる。
準決勝でも天才君は絶好調。
優勝候補のチームを押さえ込み、勝利が目前となる。
そのとき、相手チームから野次が飛ぶ。
野次を聞いたとたん、天才投手は激しく動揺し降板してしまう。
リリーフが立ち、試合し続行するものの、逆転負けをする。
学校を挙げての盛り上がりは、野球部への非難となり、
部員たちも含め投手に責任転嫁をしてしまう。
ここからの展開が、五十嵐氏の力技により、
清々しい結末へとなだれ込ませる。
相手チームへの正当な怒り、管理主義校長への反発、
そうしたものが野球部を動かし、秋季大会での雪辱に向かわせる。
自力での勝利などありえないはずの野球部が連勝し、
運にも恵まれ4回戦へと進む。
そして汚い野次で勝利を掴み取った相手との再戦を迎える。
退部届けを書かされた投手が再戦に登板するくだり、
校長との対峙シーンなど、思わず野球部の連中を応援してしまう。
天才投手がみなの説得によりマウンドに向かうときに応援団が歌う、
「セーラー服を脱がさないで」の歌詞が、読むもののハートを熱くする。
性同一性障害を持つ投手の心や、周りの友の限りない優しさはきっと心に響こう。
「安政5年の大脱走」をずいぶんと前に読んで以来、
久しぶりに手にとることにした作家だ。
いづれも未読なのだが、デビュー作が2002年の『リカ』。
この作品は第2回ホラーサスペンス大賞で大賞を受賞。
テレビドラマに取り上げられた作品も、「ロケットボーイズ」「交渉人」
「パパと娘の7日間」などがある。
安定した作家活動を続けているといえる。
「安政5年の大脱走」は映画「パピヨン」を思い起こさせるものであった。
大老井伊の不遇時代に恋した女性、その面影を継ぐ小藩の娘を我が物にしようとして、
権力をほしいままにする井伊が考えたたくらみ。
参勤交代中の小藩の武士を。たった一本の道だけが外界に通じる、
断崖絶壁に囲まれた場所に幽閉する。
誰も自決することなく、誰も殺さず、この苦境から抜け出す。
藩士たちは、地を掘っての脱出を試みる。
だが、言いの監視はそのたくらみを見破り、
小藩の運命はきわまったかに見えた。
以外にどんでん返しに、あっと驚く結末が待っている。
こんなん詐欺やあっと叫びながらも、作者のおきて破りに喝采を送ってしまう自分がいた。
なんというか肩透かしなのだが、それが心地よかった。
で、このチャ者の作品は機械があれば読みたいとは思っていたのだが、
なかなか読みたいと思うタイトルがなく、ずるずると来た。
「1985年の奇跡」には触手が動きかけたものの、
あと一歩のところで買うには至らなかったのであつた。
このたび、ブックオフで105円で出ていたから、思わず買って読んだのだ。
感想は、面白いやないか。
1985年というのは、大阪では阪神の優勝があるかもというので、大いに盛り上がっていた。
嘘のような岡田、欠け腑、バースによるバックスクリーン3連弾など
奇跡というしかない形で、この年の阪神は優勝する。
おにゃんこクラブは、それまで高嶺の花だったアイドルを、
隣のあのこと比較させる程度のものにしてしまった。
下手をすれば、クラスのアイドル程度の容貌の、ごくふつうの女の子が、
スーパーアイドルになってしまったのだから、奇跡といえば奇跡だ。
「1985年の奇跡」は、そういう当時の時代背景を巧に作中に取り入れた、
青春小説の趣がある。
しかし、読み手は、現役の高校生というより、
1985年当時、高校生だったものがターゲットとなる。
おニャンコの誰がいいとかなど、
ノスタルジーを掻き立てられる昔の少年以外にはぴんとくるまい。
だから昔は面白かったよなあってな乗りで読むのが楽しいのだと思う。
背景を整理しなおせば、おっさん向きというより、
中学生程度の夢のある少年のための小説にはなりえよう。
でも、現実を知りすぎる高校生では、
素直に読むことは難しいのかなとも思う。
ストーリーはいたって単純。
東京の新設都立高校の弱小野球部が舞台。
猫の額程度のグランドで、野球は好きだが練習は嫌い。
寄ると女の子の話題ばかり。努力が嫌いだから、
試合をしても勝ったこともない。
学校にはうんざりしている。校長の管理主義には不満だらけ。
そんな野球部に天才ピッチャーが転校してきた。
野球特待生で名門高校に入ったが肘の故障のためいづらくなり来たという。
そのピッチやーの肘が故障から回復しているらしいと知った野球部一同は、
彼を中心に試合に臨み、優勝候補を次々と撃破して準決勝にこまを進める。
管理主義に反発する生徒たちも野球部への期待を膨らませ、盛り上がる。
準決勝でも天才君は絶好調。
優勝候補のチームを押さえ込み、勝利が目前となる。
そのとき、相手チームから野次が飛ぶ。
野次を聞いたとたん、天才投手は激しく動揺し降板してしまう。
リリーフが立ち、試合し続行するものの、逆転負けをする。
学校を挙げての盛り上がりは、野球部への非難となり、
部員たちも含め投手に責任転嫁をしてしまう。
ここからの展開が、五十嵐氏の力技により、
清々しい結末へとなだれ込ませる。
相手チームへの正当な怒り、管理主義校長への反発、
そうしたものが野球部を動かし、秋季大会での雪辱に向かわせる。
自力での勝利などありえないはずの野球部が連勝し、
運にも恵まれ4回戦へと進む。
そして汚い野次で勝利を掴み取った相手との再戦を迎える。
退部届けを書かされた投手が再戦に登板するくだり、
校長との対峙シーンなど、思わず野球部の連中を応援してしまう。
天才投手がみなの説得によりマウンドに向かうときに応援団が歌う、
「セーラー服を脱がさないで」の歌詞が、読むもののハートを熱くする。
性同一性障害を持つ投手の心や、周りの友の限りない優しさはきっと心に響こう。
杉本彩氏の高島訪問 ― 2009-03-07
AAの活動日誌3月6日付「素敵なお客様」
http://arkangels.blog34.fc2.com/blog-date-20090306.html
には、杉本彩氏の訪問が載せられている。
笑顔を見せ写真を撮らせているから、本人も同意しての写真撮影であろうし、
杉本彩氏が写真を使われることに同意もしていることと思う。
本人は、これまでも保護活動に理解をもち、さまざまな形で支援してきているようなので、
そうしたいと思ったのなら、すればよいとは思う。
しかし、過去にも著名人が、悪意ある人々によって広告塔として利用され、
問題が大きくなってから、さまざまに言い訳してきていた事実がある。
芸能人、政治家、スポーツ選手などなど、
人から憧憬の目で見られ、人に影響力を発揮できる立場の人ほど、
軽々に肖像などを掲載させるのには注意するべきだと思っている。
あとでうまく利用されたなんていう言い訳は見苦しいものだと思う。
特に杉本彩氏の場合、「ひろしまドッグぱーく」での活動に対して、
賛否の声が寄せられていることを自覚しているはずである。
今回また、アークエンジェルズに肖像を使うことを許可した以上、
道義的な責任を取りますとの宣言と受け取られよう。
林夫妻は正当な活動と主張していようが、
一方では、多くの元ボランティアなどから疑惑の声は出ているのだ。
そうした事実を知らなかったとはいえないと思っている。
杉本彩氏が、アークエンジェルズを無条件に信用していると受け止められる結果となろう。
彼女の肖像により、寄付した人がいたならば、
彼女が賛同しているということで寄付しているのだということを考えるべきではないだろうか。
もちろん杉本彩氏にしたら、芸能界という世界に身を置く以上、
後援者などの要請があれば、むげには断れないだろう。
それでも足を運ぶということの意味や、コメントを発するということの意味合いでは、
著名人ゆえの慎重さは持ち続けていかなければならないのではないかと思う。
僕のような影響力の少ない人間とは違うのだ。
事務所なりも慎重に事に当たるほうがよいのではないかと思っている。
小室哲哉氏が「またたび獣医団」にコメントを寄せた点などでも、
http://blog.livedoor.jp/matatabivets/archives/50754640.html#comments
なんで唐突にとの思いがあった。
小室氏を詐欺で訴えた投資家が、佐上邦久氏という噂が事実なら、
他ならない「またたび獣医団」主宰の配偶者ということであることから、
コメントを求められれば、断りを入れるのが難しくて、コメントしたのかという感想を抱かせる事例となる。
無条件に自発的なコメントであったのかとの見方もできてしまうのだ。
芸能人の立場というものを考えたとき、複雑に絡み合う糸の中では断りきれないから、
単純に悪いことではないから協力したというようにも読めるのだ。
小室氏の場合、コメントを寄せたのはブルセラ病という理由だけで殺処分されることへの反対という意思表示だからよい。
だが、アークエンジェルズの場合、多額の寄付金の使途をめぐる疑惑となっている。
少なくとも民事という場であれ、係争中の案件である。
そうした事実を考えたとき、杉本彩氏の取った行動は、
裁判の結果いかんによっては非難されるものとなりかねない。
杉本彩氏が、保護活動への理解をされ、多くの支援や啓蒙活動をされているだけに、
今回の利用のされ方については、惜しい、との感想を持つ。
http://arkangels.blog34.fc2.com/blog-date-20090306.html
には、杉本彩氏の訪問が載せられている。
笑顔を見せ写真を撮らせているから、本人も同意しての写真撮影であろうし、
杉本彩氏が写真を使われることに同意もしていることと思う。
本人は、これまでも保護活動に理解をもち、さまざまな形で支援してきているようなので、
そうしたいと思ったのなら、すればよいとは思う。
しかし、過去にも著名人が、悪意ある人々によって広告塔として利用され、
問題が大きくなってから、さまざまに言い訳してきていた事実がある。
芸能人、政治家、スポーツ選手などなど、
人から憧憬の目で見られ、人に影響力を発揮できる立場の人ほど、
軽々に肖像などを掲載させるのには注意するべきだと思っている。
あとでうまく利用されたなんていう言い訳は見苦しいものだと思う。
特に杉本彩氏の場合、「ひろしまドッグぱーく」での活動に対して、
賛否の声が寄せられていることを自覚しているはずである。
今回また、アークエンジェルズに肖像を使うことを許可した以上、
道義的な責任を取りますとの宣言と受け取られよう。
林夫妻は正当な活動と主張していようが、
一方では、多くの元ボランティアなどから疑惑の声は出ているのだ。
そうした事実を知らなかったとはいえないと思っている。
杉本彩氏が、アークエンジェルズを無条件に信用していると受け止められる結果となろう。
彼女の肖像により、寄付した人がいたならば、
彼女が賛同しているということで寄付しているのだということを考えるべきではないだろうか。
もちろん杉本彩氏にしたら、芸能界という世界に身を置く以上、
後援者などの要請があれば、むげには断れないだろう。
それでも足を運ぶということの意味や、コメントを発するということの意味合いでは、
著名人ゆえの慎重さは持ち続けていかなければならないのではないかと思う。
僕のような影響力の少ない人間とは違うのだ。
事務所なりも慎重に事に当たるほうがよいのではないかと思っている。
小室哲哉氏が「またたび獣医団」にコメントを寄せた点などでも、
http://blog.livedoor.jp/matatabivets/archives/50754640.html#comments
なんで唐突にとの思いがあった。
小室氏を詐欺で訴えた投資家が、佐上邦久氏という噂が事実なら、
他ならない「またたび獣医団」主宰の配偶者ということであることから、
コメントを求められれば、断りを入れるのが難しくて、コメントしたのかという感想を抱かせる事例となる。
無条件に自発的なコメントであったのかとの見方もできてしまうのだ。
芸能人の立場というものを考えたとき、複雑に絡み合う糸の中では断りきれないから、
単純に悪いことではないから協力したというようにも読めるのだ。
小室氏の場合、コメントを寄せたのはブルセラ病という理由だけで殺処分されることへの反対という意思表示だからよい。
だが、アークエンジェルズの場合、多額の寄付金の使途をめぐる疑惑となっている。
少なくとも民事という場であれ、係争中の案件である。
そうした事実を考えたとき、杉本彩氏の取った行動は、
裁判の結果いかんによっては非難されるものとなりかねない。
杉本彩氏が、保護活動への理解をされ、多くの支援や啓蒙活動をされているだけに、
今回の利用のされ方については、惜しい、との感想を持つ。
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