靖国への帰還2011-09-15

内田康夫    講談社    648円(別)

名探偵・浅見光彦を主人公としたミステリで。
西村京太郎、山村美佐らを襲ぐ人気作家となった内田康夫。
エンターテイメント作家としての内田作品としてはやや異質。
勇気を持って踏み込んだ一冊と言えるのかもしれない。

靖国神社を題材に取り入れれば、意図にかかわらず必ず賛否が問われる。
中立で居続けるのも難しい。
政府中枢の参拝が正しいと書いても、正しくないと書いても、
どちらに偏っても反発は必至である。
物議を醸しだしたりするようなものにしてしまうような
下手をすると人気に陰りを生じさせかねない。
靖国に踏み込むのは勇気がいる。
靖国問題は政治的に利用されやすい。
内田氏は、この微妙な問題を、
エンターテイメント作品にとどめ置くことに成功している。

あの戦争で傷ついた国民一人一人の心情にまで配慮されている。
と、同時に生贄にされたものも炙り出せている。
ただ、あの戦争を起こしたのは日本人の総意だったのには同意だが、
そこに至るまでの政治的指導者たちの、
国民誘導の責任は不問にした点が惜しいと思う。
現代になお残る紛争の種は、
政治が全国民の意識を誘導するか、
弾圧によって異見を排除するから起きている。
僕はそう思っている。
あの戦争の起きた要因は、当然のように複雑である。
大東亜共栄圏なども発想そのものはいいところもあったろう。
そこにある純粋な理想と現実のギャップまでを
一つの作品に封じ込めエンターテイメントとするのは
やはり相当に困難な作業となるのだろう。

志願兵として国防を志し、戦闘で負傷した兵がタイムスリップしてきて、
靖国に祀られることの意識を訴える。
その部分には共感できるところが多い。
が、背景には靖国に祀られることのない戦争犠牲者も多い。
戦闘員ではないものの哀しみは、軍人から語らせることができなかった点が、
ちょっぴり残念だ。

あの戦争は、その後の決着のつけ方といい、
理不尽なところがたくさん残っている。
その意味では、この作品はやや消化不良なところを残す。
単なる娯楽に終わらず考えさせられる作品となっている点で、
良い作品だとは思う。