カラスの親指2011-10-28

道尾秀介    講談社文庫    743円(別)

豊かではなくとも幸せに暮らしていた家族だったけれど、
妻があっけなくがんで亡くなり、父子家庭となった武沢。
娘はかわいいけれど育児は大変だ。
そんな時、博打好きの同僚に誘われ賭場に行く。
同僚の景気の良さに興奮しているうちに、
賭場の罠に落ち、保証人になってしまった。
多額の借金があった同僚は逃げてしまった。
厳しい取り立てに武沢は消費者金融に手を出し、
借金は雪だるま式に増え、挙句、紹介詐欺に引っかかり
ついには闇金に絡め取られ転落していく。
闇金業者からは、違法な取り立ての片棒を担がされてしまう。
そうして取立てしているうちに自殺者を生んでしまい、
組織の情報を警察にリークすることになった。
組織からは、報復で放火され、娘を失ってしまったのである。

その武沢は、今や詐欺で生計を立てている。
相棒のテツは、元錠前屋。
彼もわけありので、詐欺を働いていたところ武沢に見破られ、
二人してつるんで詐欺師家業を組むことになった。

ある日二人は少女のすりを目撃する。まひろという。
母は借金の厳しい取り立てで自殺し、父とは生き別れという少女は、
生活に困りすりや強盗まがいを繰り返しているという。
なんとなく同情してのことか、二人はまひろを保護することになる。

まひろはマジシャンの貫太郎という不能の恋人を連れてきた。
それから姉のやひろも転がり込んでくる。
ついでに猫まで転がり込んできた。

奇妙な共同生活が始まったのだが、
武沢を追い込もうとする組織の影が迫り、
5人と一匹の住居に放火がされてしまう。
追い詰められた彼らは、組織に対して戦う道を選んだ。
彼らから金をいただこうというのだ。

さて、この結末にアッと驚くのは間違いない。

カラスは黒い。転じて玄人を意味するという。
本当の詐欺師はだれか。
事実が明らかとなった時、
道尾秀介の周到さに舌を巻くこととなる。

いや、すごいね。うまい。

作品的には「向日葵の咲かない季節」のほうが好きだけれど、
作品の成熟度では比べようもない。秀作だ。

他の道尾秀介作品の感想は「ソロモンの犬」
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2011/08/04/6020530
がある。

ファントム・ピークス2011-10-28

北林一光    角川文庫    629円(別)

北林一光は1961年生まれ。2006年に死去している。45歳だった。
映画宣伝会社勤を経たのち、執筆活動を続ける。
2000年に「瞑れる山」で第7回日本ホラー小説大賞最終候補、
2005年に「ファントム・ピークス」が、
直木賞・松本清張賞の最終候補となる。
早逝した作家なので発表作品数は少ない。
現在販売されているのは「ファントム・ピークス」と、
遺作とされる「サイレント・ブラッド」だけだ。
「ファントム・ピークス」は当時宮部みゆきが大絶賛したということだ。
なるほど、手に汗を握る、緊張感がたまらない。
作品の世界は熊谷達也が近い人だと思う。
人間の傲慢さから、野生を箱庭の中に入れようとした時、
そこには無理が生じる。
その無理が維持させられなくなったときに、野生が牙をむく。
その一瞬を描いている。

長野県安曇野。
名水を汲みに来た女性は、天候の良さから山菜取りに出かける。
山に慣れた女性は、自身を過信することもなく、慎重な行動をする。
その女性は、巨大な何かに襲われ絶命した。
何が起きたかわからない夫・三井や警察などが捜索を行うが、
乗用車や道具という痕跡は見つかるものの、
肝心の女性は見つからず、失踪事件として処理された。

半年前後、失踪した女性の頭蓋骨が見つかる。
現場から遠く離れた場所である。
山の怖さを知っている用心深い妻がなぜ遭難する。三井は疑問を感じる。 
数日後妻と同じような若い女性の行方不明事件が起きる。
惨劇が始まった。

次々と山で犠牲者が出る。
スキー場くらいしか産業のない山村はパニックになる。
はたして次々と人間を襲っているものはなんなのか。
謎を追い、三井は行動する。

熊谷達也の『ウェンカムイの爪』と似たような話となっている。
どちらが面白いと感じられようか。