MOMENT2006-09-14

本田孝好  集英社  533円

文庫発売以来、書店で平積みされていたころから気になっていた作品だ。
読んでみようかと思いながら、、この次にしよう、なんて逡巡しているうち、
1年経ってやっと買った。
甘っちょろい感傷に埋没した作品かもしれないな。
そういう感じもしていたけど、予想とは違っていた。
好きか、嫌いか、と問われたなら、表向きはくだらんと言いつつ、
実は大変に気に入る部類に属している。こういうの好きなんだね。

病院に伝えられる伝説。
死を前にした患者の最後の願いをかなえてくれる人がいる。
ひょんなことから、病院で清掃などのバイトをしている大学生・神田が、
米田アケビという末期がん患者の依頼を引き受ける。
大学の授業料と引き換えに。
アケビは若かったころ約束を果たした男との出会いを望んだのだった。
幸せのシナリオを描き、再開を演出したものの、
寸前にそのシナリオを捨て、境遇をさらけ出し出会うアケビと男。
アケビの死後、墓前にて泣きはらす男。
神田の下には100万もの大金が振り込まれた。
その金に負い目を感じた神田は、
患者たちの最後の願いを引き受けていくようになる。
患者の最後の願いは、微妙に真実を隠し、神田に伝えられる。
願いをかなえて生きつつも、神田の脳裏には複雑な思いがおきる。

この手の物語はあらすじを語ってしまうと面白くない。
だから内容は上くらいにしておくが、
この物語の主題は、人の思いのぶれにある。

神田が患者たちの願いを聞き、調べ、願いを成就させていく中で、
患者の願いの実態が見えてくる。
その物語の中に鬼を飼う患者、友人の無念を植え付けようとする患者、
苦しみからの解放を願う患者、孤独を記憶させたい患者、
いずれも死に対する怖れを意識しているのだが、
神田が解きほぐすうち隠れた部分が浮きあ風って来る。
そこには生への強い撞着があるのだ。
泣くことを許さない小説だけど、限りなく甘いテイストがある。

あえて分類わけすればミステリになるのだろうけど、
カテゴライズする意味の無い作品のひとつと思います。