トゥルーへの手紙 ― 2006-09-19
9.11同時多発テロなどの人間の愚考を、犬たちの営みとの対比で抉る作品。
いっぱいゴールデンが出てくるので、
内容より何より、ゴールデ゜ンに惹きつけられました。
映像はブルース・ウェバーという超一流の写真家とのことですが、
僕は映画に興味がなく、監督のことは知らなかった。
なんでも「レッツ・ゲット・ロスト」を撮った監督らしく、
そういや二つの作品には、ちょっと似通った印象もある。
チェット・ベイカーを愛していた監督らしく、
この映画でも小粋な小唄が多数採用されている。
特別へんということで付け加えられている、トゥルーの短編には、
ディキシーランド・ジャズの大御所がずらりとクレジットされてもいる。
扱っている題材がテロや紛争や戦争だけど、
犬たちの遊び興じる姿が、忠誠心の高さが、
混迷する現代から出る術を教えてくれているような気にさせてくれます。
いろいろな犬が登場してきますが、
海辺で戯れているゴールデンたちの映像は、ゴールデン好きにはたまりません。
何度も見返したくなる映画です。
いっぱいゴールデンが出てくるので、
内容より何より、ゴールデ゜ンに惹きつけられました。
映像はブルース・ウェバーという超一流の写真家とのことですが、
僕は映画に興味がなく、監督のことは知らなかった。
なんでも「レッツ・ゲット・ロスト」を撮った監督らしく、
そういや二つの作品には、ちょっと似通った印象もある。
チェット・ベイカーを愛していた監督らしく、
この映画でも小粋な小唄が多数採用されている。
特別へんということで付け加えられている、トゥルーの短編には、
ディキシーランド・ジャズの大御所がずらりとクレジットされてもいる。
扱っている題材がテロや紛争や戦争だけど、
犬たちの遊び興じる姿が、忠誠心の高さが、
混迷する現代から出る術を教えてくれているような気にさせてくれます。
いろいろな犬が登場してきますが、
海辺で戯れているゴールデンたちの映像は、ゴールデン好きにはたまりません。
何度も見返したくなる映画です。
訓練日 ― 2006-09-19

毎度おなじみの訓練日です。
「そらん」は嬉々として出かけていく。くまねこ、耳鼻科に通院です。
ちょいと左耳の調子が悪いところに持ってきて、
先週末からの鼻かぜで鼻づまりを起こしていたので、
なんとしても耳鼻科で診察を受けなければなりません。
処方された薬と、洗浄とで、かなり楽に呼吸ができるようになったので、
「そらん」との合同訓練に出向きました。
「そらん」はかなりできる犬になっています。
なのに、くまねこができない飼い主なため、なかなかシャキッ!と決まりません。
それでも匍匐前進もかなりさまになってきましたし、
行進中の停座、伏座、立止も、ノーリードならかなり決まるようになってきました。
物品持来ももうチョイ。遠隔操作はまだまだうまくいきません。
捜索は速く見つけるようになり、
僕が近寄って行っても吼え続ける事ができるようになってきました。
この身に染み付いた下僕根性を以下に殺すかが、
合格への最大関門となってきたようです。
写真は二上山から河内平野を展望したところです。
本文には関係がありません。
「そらん」は嬉々として出かけていく。くまねこ、耳鼻科に通院です。
ちょいと左耳の調子が悪いところに持ってきて、
先週末からの鼻かぜで鼻づまりを起こしていたので、
なんとしても耳鼻科で診察を受けなければなりません。
処方された薬と、洗浄とで、かなり楽に呼吸ができるようになったので、
「そらん」との合同訓練に出向きました。
「そらん」はかなりできる犬になっています。
なのに、くまねこができない飼い主なため、なかなかシャキッ!と決まりません。
それでも匍匐前進もかなりさまになってきましたし、
行進中の停座、伏座、立止も、ノーリードならかなり決まるようになってきました。
物品持来ももうチョイ。遠隔操作はまだまだうまくいきません。
捜索は速く見つけるようになり、
僕が近寄って行っても吼え続ける事ができるようになってきました。
この身に染み付いた下僕根性を以下に殺すかが、
合格への最大関門となってきたようです。
写真は二上山から河内平野を展望したところです。
本文には関係がありません。
リアル鬼ごっこ ― 2006-09-19
山田悠介 幻冬舎文庫 533円
出世作の文庫化。
この作品は自費出版から生まれたベストセラーである。
コミック版を先に読んでいるので、小説との差をみることにした。
コミックとの比較の前に、幻冬舎版「リアル鬼ごっこ」は、
文芸社版のものと違い、多くの読者から酷評された、
誤字・脱字・誤表現・重複表現などはお<
およそ書き直されている点をあげておく。。
ストーリー展開でも、矛盾点への改定が施されているかもしれない。
文芸社版を読んだわけではなく、幻冬舎版もじっくり読んだわけでもない。
だから、確証はもてないが、
小説としては完成したものとなっているように思う。
それでも、いろんな読み手が不思議に感じた点は修正し切れていないようで、
随所で突っ込みを入れたくなるところがある。
著者のデビュー作ということで、詰めの甘さが残るのは仕方ないことと割り切る。
コミック版とでは大きく異なる点がある。
鬼に捕まった佐藤たちの処遇である。
コミック版では、結局は王のみが消える設定になっている。
たいして原作は、王の弟だけが残っているという設定となっている。
王族に属するものさえ、リアル鬼ごっこに参加させられているのに、
王弟のみは参加除外されているのは、なぞである。
鬼ごっこの異様さに焦点を当てたコミック版のほうが、
王自身の歪んだ思考を表すのには優れているように思うが、
原作の魯鈍な王の造型も捨てがたい点がある。
この後の作品では、作家として成長しているのは認めるのだが、
「親指さがし」で、僕は次の感想を持った。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2005/12/09/171804
「リアル鬼ごっこ」に関して言えば、世紀の怪作と書いておく。
今後、どのように化けていくのか、あるいは忘れられていくのかを
見極めたいと思う。
自費出版で30万部というが、この小説がそれほど読まれたというのは、
言葉の表現から映像表現に小説の中心が移ったということを示しているのかもしれないね。
出世作の文庫化。
この作品は自費出版から生まれたベストセラーである。
コミック版を先に読んでいるので、小説との差をみることにした。
コミックとの比較の前に、幻冬舎版「リアル鬼ごっこ」は、
文芸社版のものと違い、多くの読者から酷評された、
誤字・脱字・誤表現・重複表現などはお<
およそ書き直されている点をあげておく。。
ストーリー展開でも、矛盾点への改定が施されているかもしれない。
文芸社版を読んだわけではなく、幻冬舎版もじっくり読んだわけでもない。
だから、確証はもてないが、
小説としては完成したものとなっているように思う。
それでも、いろんな読み手が不思議に感じた点は修正し切れていないようで、
随所で突っ込みを入れたくなるところがある。
著者のデビュー作ということで、詰めの甘さが残るのは仕方ないことと割り切る。
コミック版とでは大きく異なる点がある。
鬼に捕まった佐藤たちの処遇である。
コミック版では、結局は王のみが消える設定になっている。
たいして原作は、王の弟だけが残っているという設定となっている。
王族に属するものさえ、リアル鬼ごっこに参加させられているのに、
王弟のみは参加除外されているのは、なぞである。
鬼ごっこの異様さに焦点を当てたコミック版のほうが、
王自身の歪んだ思考を表すのには優れているように思うが、
原作の魯鈍な王の造型も捨てがたい点がある。
この後の作品では、作家として成長しているのは認めるのだが、
「親指さがし」で、僕は次の感想を持った。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2005/12/09/171804
「リアル鬼ごっこ」に関して言えば、世紀の怪作と書いておく。
今後、どのように化けていくのか、あるいは忘れられていくのかを
見極めたいと思う。
自費出版で30万部というが、この小説がそれほど読まれたというのは、
言葉の表現から映像表現に小説の中心が移ったということを示しているのかもしれないね。
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