ぶらんこ乗り2006-09-22

いしいしんじ  新潮文庫  476円

著者は19696年生まれだという。
すでに子どもの心を忘れ去る年代にいるはずだ。
大人になるにつけ、子どもだったときに見えていた恐れだとか不思議が、
それこそ最初からなかったかのように、見えなくなるし忘れていく。
なのに著者は、その恐れや不安や希望を、
さらりと物語の中に潜ませ、読者を子どもだったころに誘っていく。

3つ年下で早熟な天才とも言える弟を持つ少女を、
著者は語り手として選ぶ。
物語を巧みに作り、美しい声で語る自慢の弟。
ぶらんこが上手で、みんなから愛されていた弟。
その弟が稀有な事故で美しい声を喪い、
天子のようだった存在から、ほかの何かに変わろうとしていたとき、
家の木を利用したぶらんこに寄る辺をみつけ、
この世界に必死でつかまろうとしていた。

指を上手に鳴らし、「指の音」と名づけた放浪する犬と話す弟は、
本当に動物と話ができていた。
弟の作る話は、うその様でも、素敵な話だった。
弟は姉の笑う顔のため物語を作る。
姉がそれらの話が事実と知ったとき、
姉弟に悲しみが訪れる。両親が外国で客死する。
両親の死後、次々と舞い込む絵葉書に両親の湧き立つ幸福を見たとき、
弟はぶらんこから降り、めまぐるしい速さで変わっていく。
そして弟は消えた。

ぶらんこに乗って、世界を見続けていた弟は、
雪の降る夜、事故があった小学校で、
姉がぶらんこに揺られているとき、帰還を予感させる。

どこまでもやさしく語られる、深い物語だ。