一瞬の風になれ ( イチニツイテ ) 第1部』2007-12-06

 佐藤多佳子  講談社 

陸上競技的青春小説。
成り立ちから言えば『『バッテリー』と同系列の物語と考えてよいのでは。
ただ、個人競技の陸上を題材とした本作品と、
団体競技の野球を題材にした『バッテリー』では、
主人公の設定に差がある。
『バッテリー』では天才に翻弄されるチームメイトたちの苦悩があるが、
『一瞬の風になれ』には、
むしろ挫折感を知る眠れる天才を主人公としていて、
物語的には不安定さのない落ち着いた人間関係になっている。
むしろチーム・ワークが必要とされる野球のほうが、
他者との戦いがあり、時にさくばくさを覗かせるのに対して、
個人競技の特性からか、自分に克つ物語になっている分、
『一瞬の風になれ』のほうが読後感は爽やかだ。

神谷新二はサッカー部で俊足FWとして活躍し、
それなりの成績を残していた。
新二は、天才的MFとして嘱望されている兄の背中を追い続けてきたが、
天才の兄を見るにつけ、才能の限界を感じていた。
高校へ進学した新二は、サッカー部への入部をためらい、
もやもやした気分のままでいた。
体育の授業時間に、幼馴染の一の瀬連と50メートル走で勝負し、
負けはしたが走ったことで爽快さを感じる。
そして連ともども陸上部に入部することとなった。
一の瀬連は、スプリンターとしては天才に属していた。
新二はかなわぬまでも連の背中を追い出すことになった。
春の台高校陸上部は、顧問を筆頭にのびのびしており、
二人はスプリンターとしての力量を次第に高めていく。
部員には様々な者がいる。タイムは早くなくともこつこつ努力を重ねるもの。
圧倒的な魅力でみんなを引っ張る先輩もいる。
それぞれが、それぞれに成長する中、互いを認め合っていくのだ。
だが、一方で束縛を嫌う連が合宿を脱走したり、
恋をしてレースを欠場したりといった事件も起きる。
なにやかやを乗り越えていく中、新二のスプリンターとしての素質は、
顧問のアドバイスなどを得て開花し、未完の大器ぶりを予感させる。
良きライバル・仲間にも出会い、
スプリンターとしての素質を延ばしていく時期が第一巻である。

恋にクラブに仲間づきあいに忙しい高校一年生。
新二の爽やかさに惹かれる。