老いを感じるとき ― 2011-09-27
「ごお」が8歳になったころから、
たとえば水泳で、流れに抗う泳ぎができなくなり、
たとえばボール遊びで、ブレーキが利かなくて転ぶ。
悲しいことに老いの徴だったわけだ。
最近「そらん」にも徴が見られる。
たとえばAウォークで、以前なら助走なしでも軽く上ったのに、
最近ではあと一歩が届かなくなっている。
たとえば脱走の時、高々120センチの柵を飛び越えるのを失敗する。
去年では考えられなかったことだ。
「はいら」とのボール投げでも、
少し出遅れたら走るのを中止してしまう。
以前なら10メーターほどの出遅れなら、
追い越せたのに、それが難しくなったようなのだ。
まだまだある。
訓練用のひも付きボールはよく跳ねる。
うえに向けて投げれば一度目のバウンドは
ほぼ僕の身長より高く跳ねる。
そのボールをキャッチしようと跳んだとき、
全然高さが足りないことがある。
これも去年では考えられないことだ。
「そらん」がほんとに跳んだときは、
後肢は僕の胸にまで届いていた。
だから頭は僕の身長を軽く超えて2メーターに届いていたと思う。
現に「そらん」は2メーターの塀なら、
足がかかれば乗り越えられた。
ところが今では160センチの塀を超えようとして失敗し
後ろ向きで落ちそうになることもしばしば。
そういえばボディバランスにも陰りがある。
障害物を飛び越えるときに、
「そらん」は足をつけることが多い。
その時つけた場所が予想に反して大きく揺れても、
以前ならその場で姿勢を修正していた。
近頃では空中での姿勢制御ができきれず、
着地の際に大きくバランスを崩すようにもなった。
そのどれもが、老いの徴なのだ。
「そらん」の老いに、穏やかではいられない。
たとえば水泳で、流れに抗う泳ぎができなくなり、
たとえばボール遊びで、ブレーキが利かなくて転ぶ。
悲しいことに老いの徴だったわけだ。
最近「そらん」にも徴が見られる。
たとえばAウォークで、以前なら助走なしでも軽く上ったのに、
最近ではあと一歩が届かなくなっている。
たとえば脱走の時、高々120センチの柵を飛び越えるのを失敗する。
去年では考えられなかったことだ。
「はいら」とのボール投げでも、
少し出遅れたら走るのを中止してしまう。
以前なら10メーターほどの出遅れなら、
追い越せたのに、それが難しくなったようなのだ。
まだまだある。
訓練用のひも付きボールはよく跳ねる。
うえに向けて投げれば一度目のバウンドは
ほぼ僕の身長より高く跳ねる。
そのボールをキャッチしようと跳んだとき、
全然高さが足りないことがある。
これも去年では考えられないことだ。
「そらん」がほんとに跳んだときは、
後肢は僕の胸にまで届いていた。
だから頭は僕の身長を軽く超えて2メーターに届いていたと思う。
現に「そらん」は2メーターの塀なら、
足がかかれば乗り越えられた。
ところが今では160センチの塀を超えようとして失敗し
後ろ向きで落ちそうになることもしばしば。
そういえばボディバランスにも陰りがある。
障害物を飛び越えるときに、
「そらん」は足をつけることが多い。
その時つけた場所が予想に反して大きく揺れても、
以前ならその場で姿勢を修正していた。
近頃では空中での姿勢制御ができきれず、
着地の際に大きくバランスを崩すようにもなった。
そのどれもが、老いの徴なのだ。
「そらん」の老いに、穏やかではいられない。
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