走ろうぜ、マージ2006-09-05

馳星周  角川書店  1500円

愛犬が病気になったら。
この不安はすべての飼い主が怖れている確率の高い悲しみである。
馳さんは、11年間をともに暮らしてきたバーニーズが、
悪性組織球症だと告げられ、余命3ヶ月と言い渡される。
その愛犬の名は「マージ」。
マージにとっての最後となるかも知れぬ夏を、
酷暑の東京で過ごさせるには忍びない。
その夏、馳星周は愛犬とともに軽井沢で過ごすことにした。
人と犬との間の愛情を描いている本書は、
誰しも決意している戦いなのだと思うが、
その戦いはあまりに苛酷で厳しい。
美しい話ではあるが、犬が闘病中の愛犬家にお勧めはしない。

悪性組織球症というのはバーニーズやゴールデンなどの大型犬に多発する遺伝性疾患で、がんの一種。有効な治療法は現時点では確立はていない。いくつかの症例を見た限りでは、非常に進行が早いようで、死病といってよい疾患のひとつといえる。

この病気との戦いを決意した馳星周とマージの戦いは、
3ヶ月を大きく超えて続けられることとなる。
馳星周とマージとの関係は、犬を飼う以上目指したい境地である。
そして、馳星周が選択した軽井沢行きは、
できることなら、誰だって愛犬のためにしてやりたいものなのだと思う。
「ごお」が10ヶ月にわたる闘病から逝ってしまうまでの間、
僕だって、できることなら郊外に定住し、「ごお」が好きだった水泳と、
ボール遊びとを、清冽な空気の下で味あわせてやりたかった。
残念ながら、僕は馳星周ではなく、仕事に縛り付けられ、
蓄えもなく、「ごお」のために大したことはしてやれなかった。
僕は馳星周の自由と決断力・行動力に嫉妬している。

ミカ!2006-09-05

伊藤たかみ  文春文庫  552円

『八月の路上に捨てる』で芥川賞を受賞した伊藤たかみの児童向け小説。
角田光代を妻に持つので、夫婦揃って芥川賞を受賞したということになる。
この「ミカ!」は小学館児童文化出版文化省なるものを受賞しており、
高い評価を受けている。また、その名に恥じない面白さを持っている。

ミカとユウスケは双子の小学生。ミカはおとこまさりで活発。
家庭では両親が別居し、姉は家出。
あっちもこっちも不安定でもろくなっている思春期の女の子だ。
女の子であることを受け入れがたく、膨らみ始めた胸に抵抗を感じている。
そんな微妙で揺れ動く季節を生きている。
そういうミカをユウスケの視点から捉えるのが本書である。

本来、この小説は子どもたちこそ読むべきものなのだろう。
だが、作者が描く子どもたちの世界は、
大人に異性を意識し始めた甘酸っぱい心を思い出させるのだ。
その記憶を思い出すことで、子どもに対して優しい気持ちになれる。

大人も子どもも、それぞれにあった読み方ができる本書は、
魅力的な作品といえる。