2月の走行距離2009-03-01

2月は1995キロ
うちお犬様搭乗距離1450キロ

今年の走行距離は4225キロ
お犬様は3050キロの移動。

去年より出足は早い。
去年は、「はいら」がソフトケージ壊していた。
今のところ破壊はない。
順調、順調。

「はいら」の訓練2009-03-05

3月28日、29日に渡ってOPEDESの訓練競技会が予定されている。
場所はホームグランドとも言うべきドギーズパーク滋賀。
「はいら」にとっては初めての競技会出場となる。
出場クラスはオビディエンスのビギナーのリードあり部門。

訓練を始めて1年4ヶ月、ずいぶんと遅いデビューになる。
「はいら」はぼおっとした犬なので、
もともと競技会向きの感じではない。
どっちかというと、訓練する必要がない犬というほうが正しい。

作業意欲は少ないし、物覚えもそんなに速くない。
指導手に対しての注意力は高いが、
作業の正確性や自信の形成はゆっくりとしている。
まったりとした家庭犬でいるほうが向いているのだと思う。

そんなだから訓練を中止してもよいと思いはするが、
「そらん」だけが訓練に行ってしまうのは寂しいようだ。
また、訓練士さんと遊ぶのも、訓練仲間の犬たちと遊ぶのも嬉しいから、
お迎えが来たら行きたいというそぶりはする。
置いていかれたら、しゅんたろうになっている。

非常にゆったりとしたスピードでしか成長しない「はいら」も
近頃はかなり自信がついてきたようだ。
指導手の指示通りにできるようになってきているので、
褒められる回数は当然増える。
褒められれば誇らしげに胸を張り、
脚側についてしっぽブンブン、にまにましている。
が、自信がなくなるとしっぽは垂れ下がり、
腰は引け、びくびくして歩いている。

「そらん」のときとは全く異なる訓練性能。
ともすれば前に前にと出て行こうとした「そらん」。
上手に褒め続けないと後ろに下がっていく「はいら」。
犬の性格も、ホンと千差万別。
3月28日の当日まで、「はいら」の調整は、
自信を持たせることが中心になる。

自信さえつけば、結構美しい作業はできているのだ。

心配なのは会場がドギパだということ。
次郎君と遊びたくて脱走したらあかんぞ。

半年振りのイベント開催告知2009-03-06

アークエンジェルズのイベントというものの告知があった。
期日・場所とも妨害から守るためということで明らかにはしていないが、
実施するということは確かなようだ。
ほぼ半年振りのイベントということになる。

アークエンジェルズのこれまでのイベント実施は、以下のようになっている。
2006年に「ひろしまドッグぱーく」を手がけるまでは、
ほぼ月一回開催していたが、ひろしま以後はペースが極端に落ちている。

2007年
1月28日(日)第14回譲渡会&チャリティーバザーin真田山公園
3月31日(土)第15回譲渡会&チャリティーバザー(小型犬)
4月1日(日)第16回譲渡会&チャリティーバザー(大型犬)
6月2日(土)東京ムツゴロウ動物王国にて講演会&チャリティオークション&バザー開催
12月9日(日)シェルター開所式・第17回譲渡会&チャリティバザー開催
2008年
7月20日(日)愛知支部・開設We'sドッグカフェ&ラン・オープン
10月25日(土)第18回譲渡会&チャリティーバザー&第1回同窓会in愛知支部

譲渡会は2007年度は4回しているように見えるが実質3回。
2008年度にはたった一回。
譲渡会をしていないことを責める気など毛頭ないが、
ネットでの生体販売について批判的な彼らであるならば、
都市近郊での譲渡会を開催するべきなのではないかと見ている。

昨年10月の愛知支部でのイベント後、
すぐに彼らは次回イベントを行うとして、バザー品目の寄付を呼びかけていた。
「ありがとうございました」
http://arkangels.exblog.jp/
を、見ている限り、支援品として礼が述べられているものの中に、
バザーのためと見られる物品が散見される。
全国に支援者がいて、あちこちに支部まであるというのに、
どうしてイベントが実施できないでいたのだろう。
今回も妨害を受けると書いているが、妨害された過去があるようには思えない。
むしろ妨害があるのだとすれば、その妨害を封じ込めるためには、
定期的な嬢都会の実施をしているほうが効果があるはずだと思う。

今回のアークエンジェルズ活動日誌の発表は、
「今春、某企業様のご協力により、イベントを開催致します。ワン達も同行致します。
会場では、広島ドックパーク・神戸疥癬症・福岡・太宰府レスキューのパネル展示を行います。
動物達の現状を知って頂く為に、目で見て頂く事が一番だと思っております。
300点以上の展示を予定しておりますので、準備にてんてこ舞いです。」
と、書かれている。
かなり大掛かりなイベントになるようだ。
300点の写真展示ということであれば、ふつうに考えればA4程度の写真を用いると考えられるので、
幅1メーターにつき3―6枚の展示で、50―100メーターの展示スペースがいるということになる。
また、犬も連れて行くと書いているから、小さなホール程度の広さは絶対に必要。
さらに、
「イベントではワン達の医療費やフード購入資金・レスキュー基金・・・などのお願いでバザーを開催致します。」
「レスキューの模様のビデオも会場にて流させて頂きます。」
ともしているので、かなりな規模の企業の協賛がなければならなくなる。
こういう大掛かりなイベントであれば、ふつうに考えれば、一日で数千人の来場がなければ、
あまりにもコストパフォーマンスが悪すぎると思う。
最低でも一週間程度の展示期間などがなければ、
かける手間に対して、あまりにも効率が悪すぎる。
そんな手間をかけるくらいなら、それこそ愛知支部で常設展示していただくほうが効果的ではないのか?

バザーへの協力要請は以下のように書かれる。
「皆様のご協力を重ねてお願い致します。
★犬服(中古品でも結構です。お洗濯済の物でお願い致します。)
★おもちゃ
★ベット
★首輪・リード
★食器
等々、ワンちゃん達のグッズで、お家で眠っている物がございましたら、是非ご協力をお願い致します。
*イベント解散場所は妨害を防ぐ為、現時点での公開は控えさせて頂きます。
当日、お手伝い下さいますボランティア様は前日より、本部へお泊りをお願い致します。」
バザー品目募集については何も思わないということにしておくが、
最後の2行。意味がわからない。
相当に大掛かりなイベントであると思われるので、
前日までに準備が終わっていないと、当日設営はできないと思います。
そもそも300枚のパネルを作るだけでも、大変なんですが、
まさかL版プリントで展示するつもりとも思えない。

どんな計画を建てているのか知らないけど、
首を長くしてアナウンスをまとう。
妨害はしないけれど、見に行きたいと思っているので期待大!

「ありがとうございました」について2009-03-06

先の記事で記した「有難うございました」
実は、このページをつくづく不思議に思ってみている。
ドッグフード、パピーケアフード3k、ヒルズフード3k、人間用サプリメント、食品、衣類、陶器、飲料水、バザー用品
など、それこそ支援を受けた物品についてはこまごまと書いているのに、
支援金に関してはほとんど見受けられないのである。

支援を送る側にしてみたら、
家庭で眠っている物品を送るのは自然だが、
中には、わざわざデパートなどから送付しているケースもある。
支援し続けている人も、現金を送ることに抵抗があるのだろうか?
支援者たちに問いたい気もする。

まあ、記載もさまざまで面白い。
ドッグフードと書く場合もあるが、ユッカヌバやサイエンスは商品名。
なんか不思議な気もする。

AA側の対応として面白いのは、
支援品に対するお礼は次々と書き込まれていくのに、
支援金についてのお礼が記されない点。

少なくとも、
「只今、10月27日現在、540,000円の援助金がご寄付されています。
   引き続きのご支援を賜れますようにお願い申し上げます。」
と、福岡レスキュー特設ページには記されているので、
8月29日の「有難うございました」の記事以降に、
54j万円分の支援が記載されていてもおかしくはない。
なのに、なぜか記載されていないのだ。

支援金については、感謝の対象とみなしていないのか、
それとも別な感謝の仕方がなされているのか?
この不思議な現象について、
僕の頭では理由が推測できないでいる。

支援をしたとき、発表して欲しいとは思わないけれど、
どういう対応をしている団体かを見るには、
こういうところを見る。
今の状況である限り、アークエンジェルズに物も金も送りたくない。

知人には、他の団体や個人に寄付するよう呼びかけよう。
どうせなら有効に使って欲しいものだと思っている。、

1985年の奇跡2009-03-07

五十嵐貴久   双葉社   667円

「安政5年の大脱走」をずいぶんと前に読んで以来、
久しぶりに手にとることにした作家だ。

いづれも未読なのだが、デビュー作が2002年の『リカ』。
この作品は第2回ホラーサスペンス大賞で大賞を受賞。
テレビドラマに取り上げられた作品も、「ロケットボーイズ」「交渉人」
「パパと娘の7日間」などがある。
安定した作家活動を続けているといえる。

「安政5年の大脱走」は映画「パピヨン」を思い起こさせるものであった。
大老井伊の不遇時代に恋した女性、その面影を継ぐ小藩の娘を我が物にしようとして、
権力をほしいままにする井伊が考えたたくらみ。
参勤交代中の小藩の武士を。たった一本の道だけが外界に通じる、
断崖絶壁に囲まれた場所に幽閉する。
誰も自決することなく、誰も殺さず、この苦境から抜け出す。
藩士たちは、地を掘っての脱出を試みる。
だが、言いの監視はそのたくらみを見破り、
小藩の運命はきわまったかに見えた。
以外にどんでん返しに、あっと驚く結末が待っている。
こんなん詐欺やあっと叫びながらも、作者のおきて破りに喝采を送ってしまう自分がいた。
なんというか肩透かしなのだが、それが心地よかった。

で、このチャ者の作品は機械があれば読みたいとは思っていたのだが、
なかなか読みたいと思うタイトルがなく、ずるずると来た。
「1985年の奇跡」には触手が動きかけたものの、
あと一歩のところで買うには至らなかったのであつた。
このたび、ブックオフで105円で出ていたから、思わず買って読んだのだ。

感想は、面白いやないか。

1985年というのは、大阪では阪神の優勝があるかもというので、大いに盛り上がっていた。
嘘のような岡田、欠け腑、バースによるバックスクリーン3連弾など
奇跡というしかない形で、この年の阪神は優勝する。
おにゃんこクラブは、それまで高嶺の花だったアイドルを、
隣のあのこと比較させる程度のものにしてしまった。
下手をすれば、クラスのアイドル程度の容貌の、ごくふつうの女の子が、
スーパーアイドルになってしまったのだから、奇跡といえば奇跡だ。

「1985年の奇跡」は、そういう当時の時代背景を巧に作中に取り入れた、
青春小説の趣がある。
しかし、読み手は、現役の高校生というより、
1985年当時、高校生だったものがターゲットとなる。
おニャンコの誰がいいとかなど、
ノスタルジーを掻き立てられる昔の少年以外にはぴんとくるまい。
だから昔は面白かったよなあってな乗りで読むのが楽しいのだと思う。

背景を整理しなおせば、おっさん向きというより、
中学生程度の夢のある少年のための小説にはなりえよう。
でも、現実を知りすぎる高校生では、
素直に読むことは難しいのかなとも思う。

ストーリーはいたって単純。
東京の新設都立高校の弱小野球部が舞台。
猫の額程度のグランドで、野球は好きだが練習は嫌い。
寄ると女の子の話題ばかり。努力が嫌いだから、
試合をしても勝ったこともない。
学校にはうんざりしている。校長の管理主義には不満だらけ。
そんな野球部に天才ピッチャーが転校してきた。
野球特待生で名門高校に入ったが肘の故障のためいづらくなり来たという。
そのピッチやーの肘が故障から回復しているらしいと知った野球部一同は、
彼を中心に試合に臨み、優勝候補を次々と撃破して準決勝にこまを進める。
管理主義に反発する生徒たちも野球部への期待を膨らませ、盛り上がる。
準決勝でも天才君は絶好調。
優勝候補のチームを押さえ込み、勝利が目前となる。
そのとき、相手チームから野次が飛ぶ。
野次を聞いたとたん、天才投手は激しく動揺し降板してしまう。
リリーフが立ち、試合し続行するものの、逆転負けをする。
学校を挙げての盛り上がりは、野球部への非難となり、
部員たちも含め投手に責任転嫁をしてしまう。

ここからの展開が、五十嵐氏の力技により、
清々しい結末へとなだれ込ませる。

相手チームへの正当な怒り、管理主義校長への反発、
そうしたものが野球部を動かし、秋季大会での雪辱に向かわせる。
自力での勝利などありえないはずの野球部が連勝し、
運にも恵まれ4回戦へと進む。
そして汚い野次で勝利を掴み取った相手との再戦を迎える。
退部届けを書かされた投手が再戦に登板するくだり、
校長との対峙シーンなど、思わず野球部の連中を応援してしまう。
天才投手がみなの説得によりマウンドに向かうときに応援団が歌う、
「セーラー服を脱がさないで」の歌詞が、読むもののハートを熱くする。

性同一性障害を持つ投手の心や、周りの友の限りない優しさはきっと心に響こう。

杉本彩氏の高島訪問2009-03-07

AAの活動日誌3月6日付「素敵なお客様」
http://arkangels.blog34.fc2.com/blog-date-20090306.html
には、杉本彩氏の訪問が載せられている。

笑顔を見せ写真を撮らせているから、本人も同意しての写真撮影であろうし、
杉本彩氏が写真を使われることに同意もしていることと思う。
本人は、これまでも保護活動に理解をもち、さまざまな形で支援してきているようなので、
そうしたいと思ったのなら、すればよいとは思う。

しかし、過去にも著名人が、悪意ある人々によって広告塔として利用され、
問題が大きくなってから、さまざまに言い訳してきていた事実がある。
芸能人、政治家、スポーツ選手などなど、
人から憧憬の目で見られ、人に影響力を発揮できる立場の人ほど、
軽々に肖像などを掲載させるのには注意するべきだと思っている。

あとでうまく利用されたなんていう言い訳は見苦しいものだと思う。
特に杉本彩氏の場合、「ひろしまドッグぱーく」での活動に対して、
賛否の声が寄せられていることを自覚しているはずである。
今回また、アークエンジェルズに肖像を使うことを許可した以上、
道義的な責任を取りますとの宣言と受け取られよう。

林夫妻は正当な活動と主張していようが、
一方では、多くの元ボランティアなどから疑惑の声は出ているのだ。
そうした事実を知らなかったとはいえないと思っている。
杉本彩氏が、アークエンジェルズを無条件に信用していると受け止められる結果となろう。
彼女の肖像により、寄付した人がいたならば、
彼女が賛同しているということで寄付しているのだということを考えるべきではないだろうか。

もちろん杉本彩氏にしたら、芸能界という世界に身を置く以上、
後援者などの要請があれば、むげには断れないだろう。
それでも足を運ぶということの意味や、コメントを発するということの意味合いでは、
著名人ゆえの慎重さは持ち続けていかなければならないのではないかと思う。
僕のような影響力の少ない人間とは違うのだ。
事務所なりも慎重に事に当たるほうがよいのではないかと思っている。

小室哲哉氏が「またたび獣医団」にコメントを寄せた点などでも、
http://blog.livedoor.jp/matatabivets/archives/50754640.html#comments
なんで唐突にとの思いがあった。
小室氏を詐欺で訴えた投資家が、佐上邦久氏という噂が事実なら、
他ならない「またたび獣医団」主宰の配偶者ということであることから、
コメントを求められれば、断りを入れるのが難しくて、コメントしたのかという感想を抱かせる事例となる。
無条件に自発的なコメントであったのかとの見方もできてしまうのだ。
芸能人の立場というものを考えたとき、複雑に絡み合う糸の中では断りきれないから、
単純に悪いことではないから協力したというようにも読めるのだ。

小室氏の場合、コメントを寄せたのはブルセラ病という理由だけで殺処分されることへの反対という意思表示だからよい。
だが、アークエンジェルズの場合、多額の寄付金の使途をめぐる疑惑となっている。
少なくとも民事という場であれ、係争中の案件である。
そうした事実を考えたとき、杉本彩氏の取った行動は、
裁判の結果いかんによっては非難されるものとなりかねない。

杉本彩氏が、保護活動への理解をされ、多くの支援や啓蒙活動をされているだけに、
今回の利用のされ方については、惜しい、との感想を持つ。

某氏を騙ったコメントか?2009-03-08

最後にあげるようなコメントが入っていた。
こんなんいきなり送りつけられたら、普通の人ならびびりますよね。
て、僕も小便ちびりそうなほどびびりました。

でも、よく見たら、コメントをいただいたかたは「Ks」さんで、
コメント内での記載は「佐上邦人」となっています。
佐上邦久氏の本当のコメントであれば、
きっちりとどこの記事が名誉毀損に当たるのかを指摘されると思っています。
佐上邦久氏なら、具体的に書くだけの知性を持たれていると思っています。
使いまわしの汎用部分だけを切り取ったような文でコメントを残すとは思われません。
また捨てアドで書き込むようなこともしないと思っています。
と、いうことで、このコメントはスパムの一種という判断をしています。
佐上邦久さんのコメントとは思えないので、非表示指示がありましたが表示しました。
万が一、僕の解釈が間違っていて、ご本人であれば、
捨てアドではなく、正式なアドレスを記載し、ご本名でコメントいただきたいと思います。
そうしましたら、こちらから連絡差し上げます。
そのとき非表示にするのは、当然のことだと思っています。
アドレスという個人情報が入っているのですから。

さて、いっぱいびびるような罪状を書いておられますが、
具体的にどの記事という指摘がありません。
もし、事実誤認があれば訂正した上で、謝罪することはいといません。
最初に「ひろしまドッグぱーく」を記事にした後、
すぐに異様な状態と判断しました。だから、2006年10月に関連記事をあげて以降、
2007年1月まで状況を見続けていました。
その結果、アークエンジェルズに代表される腑に落ちない愛護活動を見定めて行こう決意しました。
「またたび獣医団」のワンライフ批判もありえることだと思っていますし、
そういうことを触れもしました。

その中では、ワンライフへの批判と同じことがありえるとしているのに、
どうして「またたび獣医団」がAAを盛り立てようとするのかわからないと思っていると伝えました。
関係が深いからこそ、誤解されないよう、活動をガラス張りとするよう進言してあげるべきともしました。
あの時点なら、アークエンジェルズが潔白を証明するのはたやすかったはずです。
同じような取り組みを主催する以上、適正な処理をアドバイスはしえたはずです。
アドバイスしたにも関わらずの現況であれば、一歩下がった時点からサポートしていればよいのであり、
前面に出て擁護するならば、かけられている資金への疑惑を払拭させてあげればよかったのです。
そうした点に触れずに、擁護するから疑問が出る。
そうした疑問に対しては脅迫めいたもので封じ込めようとする。
これでは何のための活動かわからないこととなります。

「またたび獣医団」がブルセラ犬についてキャンペーンを張ったときには、
彼らの記事へ、獣医でもない人の記事の中での紹介ではなく、
十いかんで見解に相違があるのだから、
山口獣医の署名記事にしていただきたいと考えを述べました。
しかし、コメントは黙殺されましした。
アークエンジェルズの日誌欄、ずばり一言にも、意見を述べました。
疑いが掛っていることに対しては、毅然とした対応を示すと伴に、
反証を行うためにも、寄付金の総額や犬のリストを明治すするようコメントしました。
でも、ことごとく黙殺されました。
蛇足ながら、「ワンライフ」でも同じことが起きました。
事実無根なら、法廷闘争をするべきだとしたのです。それも黙殺されました。
だから、ワンライフに対するものは「またたび獣医団」の発する記事が正鵠を射ていると思っています。
判断をするにあたっては、それなりの確認作業はしています。

僕の記事は基本的に彼らの発信を元に構成しています。
AAに対する疑惑を持つ人たちの言葉を採譜して、
疑問点を書き連ねています。そして僕が考えていることを書いています。

全体のブログ記事から見たら、
対象となる記事は3割程度でしかありません。
それなのに全体を閉じよという。まことにわからないコメントです。

今回のコメントに対しては、あくまで佐上邦久氏を名乗った、
愉快犯という性格のものと思っておきます。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

ks

責任者殿

貴殿らが、管理運営するブログ記事およびコメント、また他の掲示板、コメント欄への書き込みは、私およびアークエンジェルズへの名誉棄損、信用棄損、威力業務妨害、犯罪被害者保護法、個人情報保護法、侮辱に抵触し、私は多大なる損害を被っています。
即刻すべてのブログの削除、閉鎖を要求いたします。また貴殿において
用を禁止しますので順守ください。貴殿HP内において他に上記に抵触する記事、コメント等がありました場合、即刻削除ください。また私に対する謝罪を要求いたします。謝罪文は下記メールアドレス宛てにメールを願います。
本件については貴殿らを加害者、被告訴人として既に司法および行政当局に被害を報告、刑事告訴、民事訴訟を準備しておりますが、当該記事およびコメントの削除、私に対する謝罪が速やかに行われた場合、一定の宥恕を考慮することもあり得ることを申し添えます。
佐上邦久
メール送付先 ○○○○○@yahoo.co.jp
本コメントは表示しないでください。

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腹いてぇ。
他の場所に警告が載っているのに、書き続けているということは、
覚悟しているということだと気づいて欲しいよ。
まったく。

とってもビビッているので2009-03-08

佐上邦久氏を装ったと思われるコメントに、
覚悟を決めている、と言ったものの、
元来、小心者なのでまたたび獣医団、および佐上氏について書いたものを探してみた。


2009年に入って3度、2008年に2度、2007年に9度、
2007年度が多いのは、ブルセラ騒動に介入してきたからで、
判断に悩んでいると書いているだけである。
また、ワンライフがらみのことで触れているだけのものもあり、

僕のことだから、もっともっと記事にしていたのかと思ったが、
ほとんど書いていない。
先のコメンントが入って、初めてまとまって書いたという程度だ。


もし問題になるとしたら、ネットの噂を採譜した記事。
それも話が大げさになることがあり、
すべてを信じることはできないとしていた。

あらら、これであんな激しい攻撃を受けるのね。
やっぱり成りすましに違いない。

3月8日は「はいら」の誕生日だったのに。2009-03-09

もう、9日になってしまった。
「はいら」の誕生日は、すでに昨日になってしまった。

騙りコメントなんて入れるやつがいるからいけないんだ。

と、他人に責任を転嫁しても仕方ない。
元来僕のところでは誕生日だからといって、
特別な何かをするわけでもないし。

とうとう「はいら」も満2歳になったわけで、
これから油が乗ってくる時期となる。
昨日のラン行きでは、ひも付きのオビトレをしてみたが、
「そらん」とは違った意味で、順調に育っていると実感できた。

オビトレ中、シェパードの11ヶ月の子が「はいら」のところに来て、
ワンワン吠えては去っていく繰り返しをした。
「そらん」なら、名に抜かしてけつかるとばかり応戦してしまうのだが、
「はいら」は少し気にしつつも、しっかりと僕のほうを向いて最後まで集中できた。
もちろんリードなしではうまく行かなかったろうとは思う。
でも、一切のショックをする必要がなかったので、
覚えの速さや能力の高さは「そらん」に遠く及ばないものの、
作業への集中力では、相当に高いレベルが期待できそうだ。

今のところ「はいら」との付き合い方は、
「ごお」に準じたもので行こうと思っているが、
もしかしたら、オビディエンス競技に出場させていくようになるかもしれない。

とにかく、昨日の「はいら」を見て、見直しているところだ。

のんびりしているけど、以外に大物なのかもしれないね。

誰が無責任だって2009-03-09

アークエンジェルズ活動日誌3月8日付の9日にアップされた記事に以下のような表現があった。

「先日の電話は、「所有者がいるのですが、犬2頭はガリガリに痩せて、繋がれたまま糞尿の中で生活している。助けてくれないか?」でした。場所は中部地方でしたので、愛知支部長が走って現場確認をしてくれました。通報者も同行しました。「もし、所有権を放棄したら、ご自分が引き取られるのですか?」の問いかけに、「私はすでに犬がいるので無理です。」のお返事。では、この子は?「そちらで引き取ってもらえませんか?」愛護団体への連絡で一番多いのがこれなのです。「今、犬をひらったんですが、引き取りに来てくれませんか?」ちょっと、ちょっと・・・・待って下さいよーーーなのです。全てにどうぞと、お返事をしていたら一日でシェルターはパンク状態になります。

保護した人に何が出来るかを考えて頂きたいものです。まずは、警察に迷子犬の問い合わせは無いか確認し、届けを出す事から始まります。もしかしたら、迷子になって、飼い主は必死で探しているかも知れないからです。
実際に、まず警察に届けて下さいとお願いし、飼い主の元へ戻った子は何頭もいます。

何度もこう言う記事を書いていますが、保護される方は是非考えて頂きたいのです。自分に出来る事を。
まず病院に行き、自宅で預かりながら里親様を探す。里親様を探す協力は団体でもします。また、ご自分のお家で預かるのが無理であれば、友人等にも頼んで見るなど・・・色々と方法はあります。見つけてそのまま引き取って下さいはあまりにも無責任だと思います。」

一見するとまともなことを書いている。

でも、なんか腑に落ちない。で、腑に落ちないのがどこかと思いもう一度読み返したら、
単純なことが抜け落ちていることがわかった。
1段め、2段目にも、それぞれある種の不思議は感じたが、問題は3段目。

「保護される方は是非考えて頂きたいのです。自分に出来る事を。」

考えた末の結論が愛護団体への連絡であるわけだ。
どうして非難できようか。この文を連絡してきた人が見たら、いやな気分になるのではないか?
連絡してきたことを非難されているのに等しいものとなっている。
2度と関わるものかなんて思ったとしても不思議じゃない。

保護団体とは違い、助けたいと思っても、ノウハウもなく、資金もないから連絡したのである。
どこかの団体のように寄付金を募っているわけでもない。仮に募ったところで集まりもしない。
個人で保護するには大きな負担が覚悟としている。
また、犬との関係性の構築も、素人には尻込みをさせるものだろう。
友人に頼むのも保護する側にとっては複雑な責任を背負い込むことになります。

だから、捨てられ他犬を救おうと呼びかけている保護団体に連絡を取るのじゃないか。
連絡されることに文句を言うのなら、連絡されないようにすればよいではないか。
ネット活動などから撤退すればよい。所在がわからなければ、連絡も来ないだろう。
そうではなくて、保護団体として、不幸な犬を救いたいとの決意で、
連絡先などを掲げているのではないだろうか。

ならば、少なくとも保護団体に連絡してきてくれたことに感謝を示しつつ、
自団体で引き受けられる状態でないなら、発見者に状況を伝えた上で協力できないか打診し、
無理ならば、他団体を紹介するなりすればよいのではないか?
林代表の言葉を借りれば、そういうことをして然るべきだと思うのだ。
林統括のような連絡をつけてきてくれた人へ、無責任などと書くことが間違っている。

発見者が救えず、保護団体も救えない。
見つけた:以上、見つけたものが責任を取れといわれてしまえば、
発見した人は悩んだとしても保健所に通報するしかなくなるだろう。
そもそもそういうことであるなら、
寄付金を募る保護団体などいらないということになる。

林統括の言葉には、人への優しさが欠落している。
一歩踏み込んできた人を、保護する側から遠ざけていくことに繋がるのではないかと案じる。