将棋の子2006-11-10

大崎善生  講談社  590円

第23回講談社ノンフィクション賞受賞作品である。

著者は日本将棋連盟に入り、『将棋マガジン』の編集長を務めた人物である。
天才羽生に挑む村山聖を描いた『聖の青春』で、
ノン・フィクション作家として独立し、作家人生を歩み始めた。

その大崎氏が、
奨励会という過酷な競争の場所で苦闘する奨励会員達を描いた。
奨励会に集う若者達は、いずれ劣らぬ将棋の天才である。
その天才達も、将棋の世界で生き残るためには、
毎年2名だけがプロとしてデビューできるに過ぎない。
それも奨励会に在籍しているのには、年齢制限という壁が立ちはだかるのだ。
3段リーグというしのぎを削る場所で、年齢制限の壁を突き破るには、
確固とした自己抑制を保ち、不断の研究が不可欠なのである。
プロとして名人・棋聖を目指す天才達も、
青春を賭けた闘いの中で、夢破れたい会を余儀なくされ、
後には途方もない挫折感を持ち、新しい人生を築いていかねばならない。
そこには厳しく非常な生活が待ち構えている。

本書では、夢破れ奨励会を去るもの、紙一重でプロとなるもの、
そうした将棋の子が多数登場する。
全体を通した主人公は成田英二である。
北海道出身の成田は小学生のころから天才を認められ、
現役棋士から奨励会入りを進められていた。
しかし、東京での一人暮らしを不安と思い、彼は奨励会入りを見送り続ける。
結果として高校生になってから奨励会入りを果たすのだが、
天才達の集う場所に参加するのが遅かったのか、
結局何もかもを失い奨励会を去ることとなる。
在籍中には、羽生や森内という真性の天才達が、
嵐のごとく席巻して行ったのも、彼を挫折に導く原因となった。

大崎氏と成田は札幌の地で少年のころであっている。
成田の天才を見て、大崎は将棋というゲームから距離を置くようになる。
大学生となった大崎は東京に出て、学生であることに疑問を感じ、
再び将棋という魅力に取り付かれ、
縁あって日本将棋連盟の職員となる。
そこで思いもかけない成田との再会を果たす。

成田は奨励会員として順当に成績を残し、やがて3段リーグに参加する。
その成田を弟のように思いながら、大崎は見守るのだ。
成田の将棋観には、羽生ら新時代の旗手たちとは異なる。
終盤の力を重視する古い哲学を抱いている。
ともすれば序盤軽視とも映る棋風を発展させようとする成田は、
大崎が危惧したとおり3段リーグの壁の前で停滞する。
迫り来る年齢制限の足音におびえ、賭け事に逃げる成田。
さらに追い討ちをかけるように義父の死、
最大の後援者の母の発病。
折り重なる不幸の来襲に、ついには成田の心は折れてしまう。

傷心の成田は、母の死を看取り、故郷北海道で新しい人生を歩み始める。
だが、運命は彼を過酷に追い詰めていく。
苦境の成田の現状を知り、大崎は成田を11年ぶりに訪ねる決心をする。
再開して成田から大会後の流転を聞かされる。
そこで認めたものは、将棋への悔いではなく、誇りである。

奨励会という過酷な競争の場を間近に見続けたものが放つ現実。
その先にある暖かいものがきっと読者の心を打つ。

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