くだり特急 富士殺人事件2007-01-10

西村京太郎  光文社  524円

鉄道を舞台にしたトラベルミステリといえば、この人が代表選手になろう。
警視庁の十津川刑事を探偵役に据えたシリーズは、
2時間ドラマとして数々放映され、赤川や山村美佐辺りと並んで、
この手の軽い推理者としては脅威の人気を誇っていた。
脳溢血か、なにかで倒れ、作家生命を終えたかと思っていたら、
病を克服し、今でも第一線で活躍している。

この人の作品は東西の名探偵を登場させた「名探偵シリーズ」と、
十津川警部ものを何冊か読んでいる程度なのだが、
息を呑む見事さこそないが、高水準な作品を生み出し続けていて、
一定の気持ちよさが感じられ、時々退屈しのぎに読んでいる。

さて、本作品は十津川警部ものの傍流にある。
恋人を理不尽な犯罪により自殺に追いやられたため、
その復讐のために犯人たちを追い詰め叩きのめし、
網走刑務所に一年の刑期を努め終えた、
十津川の部下であった元刑事・橋本が中心に据えられる。
橋本が犯した罪については「北帰行殺人事件」が舞台となっている。
本作に登場するヒロイン役の青木亜紀子もその作品の登場人物である。

元刑事ということで、刑務所内で他の服役囚から目をつけられ、
生命の危機にあるところを助けられた宇野が、
そのときの諍いが原因で死亡した。
出所の日、宇野が死に臨み、橋本に遺言をしたと聞かされる。
遺品を友人に渡してくれとの依頼だという。
恩人の依頼ということもあり、橋本は引き受ける。
そして出所したところ、彼を慕う亜紀子が待っていて、
二人で東京に向かうこととなる。
ところが東京では、宇野の友人に成りすました男が、
遺品を受け取るべく待ち受けていた。
鋭く欺瞞を見破った橋本だが、
宇野の友人は寝台特急富士にて遺品を受け取るという。
かくて亜紀子と共に宮崎に向かうこととなった橋本は、
数々の事件に巻き込まれていくこととなる。
宇野の遺品にはどういう謎が秘められているのか。
執拗に遺品を狙う影は、次第に凶悪な顔を見せる。
そして橋本の周りには、十津川の姿が見え隠れしている。
橋本は宇野の遺品を無事に届けられるのか。
はたまた遺品に秘められた謎を解き明かせるのか。

この作品は、国鉄が民営化される前の1983年に発表されていて、
特急富士の様子などは現在と大きく異なっている。
一等寝台に外からの鍵がないとしていたり、
食堂車が連結されているとするなど、富士の事情はずいぶん異なる。
この手のトラベルミステリの楽しみは、
同時代を体験していないものにはわかりづらい趣がある。

また、日本ものであるのに囮捜査的な内容が盛り込まれている上、
そのマークの仕方が甘いため、一味のものが殺害されるのはともかくとしても、
過去の事件に関係していないものが殺害されてしまうという、
考えられない大失策を犯しているところなど、
要所要所でとんでもない落とし穴がある。
そういう失策を犯していたら、警察の信頼は根底から覆されるに違いないのだが、
亜紀子は雑誌記者であり、当然秘密は暴露されるはずなのだが、
警察にはあわてる風情もない。
こういった点では、この作品は穴だらけとも見えるのだが、
そこはパラレル・ワールドにでも迷い込んだということにして、
目をつぶって読むしかない。
それさえできれば、サスペンス的な要素もたっぷり感じられる一作となっている。

それにしても寝台特急がなくなっていくのはさびしい。
長距離夜行列車も民営化後整理され、どんどんなくなった。
鉄道旅行の醍醐味は、時代の波とは言え、
速さを重視するあまり、どんどん失われていく。
夜行列車の線路を叩く音を子守唄にして眠る旅は、
もはや日本では最高の贅沢なのだろう。ちょっと残念に思う。

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_ 寝台特急北斗星 - 2007-01-15 17:28

憧れの北海道旅行 行くなら寝台特急北斗星でと決めています 頑張れ 寝台特急北斗星