激闘東太平洋海戦 覇者の戦塵1943(全4巻)2009-05-11

谷甲州    中央公論社    850円

谷甲州は1951年生まれの現在58歳。
大阪工業大学工学部土木工学科に学んだあと、
建設会社などに勤務した後、
青年海外協力隊などを経て作家として独立したそうだ。
青年海外協力隊参加中に奇想天外に発表した
「137機動旅団」が作家デビュー作とのこと。
ハードSFと冒険小説をミックスした作風ということだ。
ぼくは谷甲州の作品ははじめて手に取る。
どうして谷甲州作品を読もうとしたかというと、
職場の同僚とのたわいない会話が端緒である。

横山信義の話題となり、架空戦記物の中には、日本びいきのあまり、
国力・技術力・社会的背景など無視した作品が多すぎる。
また、擬音ばかり多い作品やとんでもない艦船を突然登場させるご都合主義には失望する。
『紺碧の艦隊』など大和や武蔵の建艦をやめて巨大潜水艦を建造したとしていたのに、
いつの間にやら日本武尊に信玄・謙信だ。はてはUFOってか。技術水準もへつたくれもない。
そんな中で横山信義の『八八艦隊物語』は出色のモンやった。

そういう横山信義礼賛をしたところ、同僚が言うには、
技術屋的視点で書いている谷甲州もよいと薦められたのだ。

で、古本屋で最初に安価で売っていて目に留まったのが「激闘東太平洋海戦」である。
「激闘東太平洋海戦」は1999-2000にかけて発表されている。
このタイトルの作品だけで4冊にもなるが、
より大きなシリーズ『覇者の戦塵』の中の一冊として位置づけられている。

『覇者の戦塵』というシリーズの特性を知らなかったので、
いきなり中盤以降から読み出すこととなったため、
1巻ではなにがどうなっているのかよくわからず困惑した。
どうやら日米戦争は史実とは違った経緯で始まり、
電気探信儀の開発時期などにもずれが生じているらしいこと。
1943年という設定にも拘らず、加賀と飛龍が健在なこと。
そして何故かミッドウェイを日本軍が押さえているらしいこと。
そういうことがわかってきて、すこしづつシリーズの真相がわかり始めたのだ。
タイトルが架空の戦闘名をつけられていて当然である。
1939年の時点を分岐奠都する、全く史実から逸脱した作品群が『覇者の戦塵』らしい。

電探を戦術に取り入れるためさまざまな工夫を行うあたり、
技術屋的とされる谷甲州の真骨頂なのだろう。
どうしてし史実では開発競争で大きく水を開けられていた電探が、
運用面を含めてかなり米軍と拮抗しているのかとについては、
2巻、3巻辺りで新鋭機F6F鹵獲するあたりにヒントがありそうだ。

常に日本軍の視点からのみ語られるため、米軍視点から作戦意図など語られることがないため、
結果として電探や兵器をどのように利用し、さらに得た情報を同評価し、
米軍の作品意図を読み出そうとする緊迫感がよくでている。

また、戦闘力を持たない偵察機などに着目してストーリーの中心にすえるところなども、
戦闘場面ばかりに着目する書き手と異なり好感が持てる。
シリーズをもう少し読み込んで行こうと思っている。

風の呪殺陣2009-05-11


隆慶一郎    徳間文庫    571円

間違いなく天才作家だった。
たった5年余りの創作活動の後、1989年に没した。
池田一郎名で脚本家として活躍し、映画、テレビドラマにて幅広い作品を手がけていて、1970年代までを代表する脚本家の一人とされている。脚本家としては『鬼平犯科帳』がある。
小説家としては『吉原御免状』を1984年に発表し、一躍すスターダムへと駆け上った。
代表作には『吉原御免状』、『影武者徳川家康』、『一夢庵風流記』。

隆慶一郎の中では『影武者徳川家康』が、
隆ワールドの作品世界を理解するための鍵的作品と思う。
隆ワールドは複雑に絡み合っているので、
何故そうなのかを理解していることで見え方が違ってくる。
徳川家康は関が原の役で討ち死にし、
道行きの者なる影武者・世良田二郎三郎が、
家康に成り代わって全軍の指揮を執り、東軍を勝利に導いたとした。
その後二郎三郎と秀忠の間の暗闘を描ききった大作だ。
誰の支配をも受けない漂白の民、道行のものの造詣がより深くわかる。
『吉原御免状』での天皇の落胤・松永誠一郎が生まれた背景もわかる。

『一夢庵風流記』が『花の慶次』として、
『影武者徳川家康』が同名タイトルから『左近』としてコミック化された。

『風の呪殺陣』は1990年に刊行された。
この作品については、仏教が人を殺すか、大阿闍梨に一喝され改稿する予定だったらしい。
改稿された作品はどのような顔を見せるか興味が尽きないが、
著者の急逝により改稿に着手されることなく発刊された。
急性前に手がけていた『見知らぬ海へ』『花と火の帝』『死ぬことと見つけたり』も、
みかんのまま絶筆となった。惜しいことである。

比叡山にて修行していた僧・昇運が、
おりしも信長の比叡山焼き討ちの日に、行を完成させ聖者となるはずが、
感性直前に信長によって数多の非道の端を見せられ、信長への恨みを抱いてしまい、
信長を呪い殺すための修行に取り付かれるという設定。
神をも飲み込もうとする信長に、呪のみで挑む昇運の執念に戦慄する。
昇運の信長への呪殺行は失敗するあたり、信長の闇も強大だ。
昇運の執念が信長の命運を奪わせるあたりは迫力に満ちている。

隆慶一郎が残した作品しか読めないのは残念だ。
これほどの世界観を作りえた作家を隆慶一郎以外、いまだ知らない。