風の呪殺陣2009-05-11


隆慶一郎    徳間文庫    571円

間違いなく天才作家だった。
たった5年余りの創作活動の後、1989年に没した。
池田一郎名で脚本家として活躍し、映画、テレビドラマにて幅広い作品を手がけていて、1970年代までを代表する脚本家の一人とされている。脚本家としては『鬼平犯科帳』がある。
小説家としては『吉原御免状』を1984年に発表し、一躍すスターダムへと駆け上った。
代表作には『吉原御免状』、『影武者徳川家康』、『一夢庵風流記』。

隆慶一郎の中では『影武者徳川家康』が、
隆ワールドの作品世界を理解するための鍵的作品と思う。
隆ワールドは複雑に絡み合っているので、
何故そうなのかを理解していることで見え方が違ってくる。
徳川家康は関が原の役で討ち死にし、
道行きの者なる影武者・世良田二郎三郎が、
家康に成り代わって全軍の指揮を執り、東軍を勝利に導いたとした。
その後二郎三郎と秀忠の間の暗闘を描ききった大作だ。
誰の支配をも受けない漂白の民、道行のものの造詣がより深くわかる。
『吉原御免状』での天皇の落胤・松永誠一郎が生まれた背景もわかる。

『一夢庵風流記』が『花の慶次』として、
『影武者徳川家康』が同名タイトルから『左近』としてコミック化された。

『風の呪殺陣』は1990年に刊行された。
この作品については、仏教が人を殺すか、大阿闍梨に一喝され改稿する予定だったらしい。
改稿された作品はどのような顔を見せるか興味が尽きないが、
著者の急逝により改稿に着手されることなく発刊された。
急性前に手がけていた『見知らぬ海へ』『花と火の帝』『死ぬことと見つけたり』も、
みかんのまま絶筆となった。惜しいことである。

比叡山にて修行していた僧・昇運が、
おりしも信長の比叡山焼き討ちの日に、行を完成させ聖者となるはずが、
感性直前に信長によって数多の非道の端を見せられ、信長への恨みを抱いてしまい、
信長を呪い殺すための修行に取り付かれるという設定。
神をも飲み込もうとする信長に、呪のみで挑む昇運の執念に戦慄する。
昇運の信長への呪殺行は失敗するあたり、信長の闇も強大だ。
昇運の執念が信長の命運を奪わせるあたりは迫力に満ちている。

隆慶一郎が残した作品しか読めないのは残念だ。
これほどの世界観を作りえた作家を隆慶一郎以外、いまだ知らない。

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