8月の走行距離2009-09-01

2374キロ
お犬様乗車距離1150キロ

今年の走行距離は14960キロ になった。
お犬様は9450キロの移動。

いよいよ15万キロまで100キロになった。

第19回 ボランティア基金等返還訴訟 傍聴メモ2009-09-05

相変わらず貧乏暇無なんである。
2週続けて金曜日に休めるか不安だったけど、
何とか休みもらえました。で、行ってきました大阪地裁。

808号法廷。この2年余り、おなじみとなった。
開廷時間を間違えていたため、遅れての入場となった。
到着するとすでに裁判が始まっており、空いている席を見つけ着席する。
法廷には3人の裁判官、原告席には代理人含め7人、被告人席には林代表と代理人、
証人席には鎌田証人が座り、原告代理人質問に答えていた。
傍聴者は後れて入った僕を含めて26人、その後にも2名入ってきて都合28人となった。
傍聴席は7割が埋まったことになる。

前回はAA側の傍聴者は3名だったが、
今回はそれに加えて男性が一人とやや年配の女性が加わり、
被告席に近い前列にずらり並んでいた。
2列目にも二人女性が座っていたが、
遅れて入ってきた化粧っけのない年配の女性と顔見知りのようであり、
遅れてきてた人が林統括と親しげに挨拶していたので、
この3人も被告人側の関係者ということなのだろう。
だから都合8人がAA関係者として傍聴していたということになる。

ぼくの座ったのはこれら8人の後ろであったので、
彼らの傍聴態度については、いささか場所柄をわきまえぬものとして写った。
笑いながら小声とはいえ頻繁に会話していたり、
ぼくの前に座った人はメモを取る一方で、
席を挟んだ人とお手紙のやり取りをして笑っていたり、
遅れて入ってきた人はペットボトル飲料を飲んだり出目ざわりであった。
お手紙のやり取りは眼前で渡されたので、内容の一部が見えてしまった。
その小学生でもあるまいに、お手紙のやり取りについても驚いたが、
内容にもいささか不快を感じたことを告白しておく。
こういう行動は、鎌田証人の発言中頻繁に行われていた。
特に最前列中央よりの女性は、林証人の発言中にも横を向いて歯を見せるなど顕著だった。
もう少し法廷という意味を考えてもいいのではという感想を持つ。

鎌田証人への代理人質問への答弁については、
いまさら書くまでもあるまいと思うので割愛する。
元スタッフから聞いた話などを随所に交えており、
新たな知ったことも含まれて入るが、そんなものは物事の本質から見れば枝葉に属するものと思う。
10月10日に上がってくる記録を見るほうがよほどよい。
鎌田証人は、この3年間の鬱憤を晴らすかのようにエンジェルズの所業をつまびらかに語った。
用意された資料もA4用紙19枚に及ぶ大部なものとなっており、
(9ページに縮小再構成したものが裁判では配られていたようだ。)
苦労を思えば、しばしば代理人が想定した以上に話してしまう傾向が見えたとしても、
無理なるかなという印象である。
ぼくが証言者であっても、彼女以上に長い話になるに違いないと思う。

鎌田証人への被告代理人の質問も結構な量になるかと思っていたら、
質問は2点だけだった。
1 林氏と直接お会いになったのは前回の裁判が初めてですか?
2 広島ドッグパークの現場に行ったことはありますか?
1については肯定であり、2については無いと鎌田証人が答え被告代理人質問が終わった。
その後、原告代理人により、他に言っておきたいことはないかと促され、
鎌田証人は、ぼくたちAAの疑惑を追い続ける者たちにとっての棘のありかを改めて主張した。
「多くのまじめに活動していた愛護団体が、DP以降さまざまな点で活動に支障をきたしている。AAの詐欺的なやり方を今ここで正しておくことが、そうした愛護活動の発展に繋がる。裁判所の判断が正しく下されることを願っている。」
概ね上記のようなニュアンスで発言された。

被告代理人の質問が短かったことは、
伝聞を基にした予断と憶測による鎌田氏のの誤解に過ぎないと、
最終弁論にて論証するためと思われる。
ために証言内容については争うことすらしなかったのだろうと、
ぼくは推量する。、
加えて、余計な質問をすれば被告(誤記していたので訂正)に不利な証言を引き出しかねず、
想定外のことを語られるのを警戒したということだろうと思っている。

鎌田証人の証言が終わった後、10分間の休憩があった。
ぼくもいったん休憩する。
林証人とのやり取りについては日を改めます。

第19回ボランティア基金等返還訴訟 林証人篇 被告代理人質問2009-09-06

10分ほどの休憩の後再開した。林証人への質問が始まる。
傍聴席はこの時点で被告人側前列は1名の男性のみ着席しており、
証言が始まりだしてからやや年配の女性、
それより5分以上遅れて残る林統括等3名が着席した。
そのほかには、林証人への被告代理人の証言が終わる頃に一名退席されたほか、
休憩を機に退席した方が何名かいたようだ。
この証人への関心の高さを窺わせる。

本来、被告人側は証人申請をしていなかったのだが、
原告の証人申請で林代表のものを裁判所が認めたため、
被告人側としても証人申請を行ったというものである。
被告人側も証人申請をしていることからなのか、
まず被告代理人からの質問が先に行われた。

証人としての林代表の受け答えは、聞き取りにくいほどの小声というわけではないが、
マスコミに見せていた姿とは異なり、頼りなさげな感じを見せていた。
しばしば聞き取りにくくなったり、被告代理人との息も合っていず、
質問に対する回答があいまいなものと聞こえもした。
原告代理人の質問に対してはなおさらで、
聞かれている時期を前後させたりという回答に聞こえてしかたなかった。
なんとなくはぐらかされているような気分だが、
それでも多数の混乱した回答が聞かれ、原告側にとっては成果はあったのかなと見ている。

傍聴席の被告人関係者は鎌田証人の最中ほどではないにせよ、
ひそひそ話したり、笑ったりする姿が見受けられたが、
原告代理人が質問する頃となるとそうした姿も見せなくなっていた。

それでは林証人と両代理人のやり取りを大まかに紹介してみよう。

被告代理人の質問は
1 DP以前の活動内容・資金について
2 車の売却について。現金募金の管理状況。DPでの資金管理計画。
3 マスコミへの対応について
4 DP以降の活動について。団体の現状。
おおむね以上4点に分類できると思う。

林代表の証言をぼくなりにまとめると次のようになる。

1 DP以前の活動では募金はほとんどしていなくて、自分の金で行っていた。最初は妻が活動していたので知るようになった。

2 所有していた車2台を売り、広島に持っていった。売却額は2台で600かもう少し少ない。当初、犬の頭数が500ほどと聞いていたので一頭5‐10万程度掛ると考えていた。犬の状況から治療費が多額になるだろうと考えていた。不妊治療費もいるし2‐3000万は必要と思っていた。その他にもワクチンの費用も要る。現金募金の管理では預金に入れていない。帳面で管理していた。不妊と両については体力が回復しないと無理と判断した。10月の譲渡会では不妊治療が済んでいないので手術後に証明書があれば助成しようと考えていた。支援の打ち切りは現場が混乱しており頻繁にHP更新をする環境でなかった。レスキューは健康を回復して終了なので、そのときに支援物資等の報告を行うつもりであった。振込口座の確認は代表である自分と統括が行っていた。パルル口座は現場から遠く記帳できなかった。大阪に明細が送られており確認できなかった。ジャパネットはネットで見られるので確認していた。

3 2006年11月にジャパンネット銀行口座の残高はマスコミの要求によって示した。払い戻しの要求にこたえたのはある人からアドバイスをいただいたことで広島ドッグパークに寄付した人の感情に配慮した。法律家に相談はしていない。

4 ブルセラ犬に関与したほか、神戸、大阪市内で50‐70頭くらい、福岡、太宰府とした。現在滋賀と愛知、大阪にそれぞれ60頭くらい、10頭、約20頭いる。大阪はYという女性が代表だ。ボランティアは5名。弁護士報酬も支払っている。所有権返還訴訟に使った。保護した犬の弁護費用である。

最後に被告代理人が藤井副代表はいるかと質問し、
それに「はい」と答えて終わった。

やり取りについては、できるだけ公平に書こうと努めていますが、
ある種の思考フィルターが掛っていることは承知して置いてください。
また、右耳が聞こえないため聞き損ねていることも多々あります。
さらに大まかなまとめは代理人の言葉をも取り込んでのものとなっています。
林代表が答えた言葉というわけではないことも了解ください。

第19回ボランティア基金等返還訴訟 林証人篇 :原告代理人質問2009-09-08

9月4日の林証人に対する原告代理人質問です。
ぼくのメモを全文載せておきます。
ところどころ自分の字が読めなかったり、
聴いていて混乱してメモしていないところもあり不完全です。
2回の裁判を傍聴しての僕の思いは別に書き起こします。
今回は内容の不正確なメモで雰囲気を見ていただく程度と了解ください。


代  保護活動はいつからしていたのか?
林  5‐6年前。
代  その前は
林  会社経営
代  保護活動を開始するきっかけは
林  妻・加津子の手伝い。
代  生活費はどのようにしていた。
林  会社からの給料。弟の会社などHプランニング、H建設など3社から顧問料としてなど受け取っている。
代  納税証明はあるのか
林  はい
代  募金活動は
林  ずっとしている。
代  DP以前の活動は
林  当初は(愛護センターなど)役所の犬。
代  活動経費の収支はどうなっているのか
林  残らない
代  自分で負担しているのか
林  そうだ
代  DP以外での募金はどうなっているのか
林  何十万単位
(ここで車売却についてやり取りもあり)
代  (DPの)活動費は預金では出していないのか
林  いくらかは出したと思う。
代  DPの活動費はどう見積もったか。
林  2‐3000万円
代  2‐3000万円はあったのか
林  全部出せば。
代  都島の事務所の光熱費は
林  2回まとめてはらったことはある。
代  滞納していたのか
林  8月末に払うべきものを9月に2回払った。
(支援金貨管理に移る)
代  帳簿の元はあるのか
林  F税理士から返されていたらある。
林  帳簿の名は
林  現金(?)通帳
代  帳簿の管理はだれがしていた。
林  私
代  現金の手渡しは
林  ノートに書き留めていた。
代  現金手渡しの記帳は誰が
林  私はしていたが、預金は通帳に、(またはノートに)記帳
代  F税理士には現金収入について知らせたか
林  わかっていることは伝えた。
代  荷物に同封されている現金はあったのか
林  あった
代  それらはF税理士に伝えていないのでは
林  (報告でも)0ではないでしょう。
代  もらったものはあるのか←どういうメモか不明
林  (メモ記載なし)
代  それは誰が管理していたのか
林  代表の私と統括
代  使うのは誰
林  (メモに記載していない)
代  合計金額はつけていたのか
林  つけていたと思う
代  つけていたノートは見たのか
林  記憶に無い
代  記帳していないとつけられないのでは
林  募金箱を決済したときに記帳した
代  Mの金はどうしたのか
林  現場に持っていった。
代  記帳は
林  (メモに記載していない)
代  報告書に入っているか
林  雑収入に入っている。
代  F税理士に報告しているか
林  している
代  通帳に載っているか
林  載っていない
代  2回の収支報告は
林  事務所にいるボランティア。
代  誰
林  10名くらい。パソコンに打ち込んだ
代  打ち込みの元はどこにある
林  F税理士の元になるものだ
代  2回の収支報告はどうした
林  集計に基づいてやった
代  その元は
林  JNBとぱるる
代  その他の通帳は
林  避妊虚勢費
代  それ以外に口座は
林  三井住友
代  それはどういうもの
林  シェルター建設
代  中国新聞の記事は覚えているか
林  額は覚えていない
代  金額に記憶は無いのか
林  JNBについては記憶にある
代  ぱるるは11・25まで出していないのか
林  そうだと思う
代  ぱるる口座は見ていないのか
林  通帳は見た
代  金額は
林  覚えていない
代  記帳せずに発表したのか
林  3年前のことで覚えていない
代  支援者リストは作っていないのか
林  作っていない
代  支援者リスト
林  知らない
代  なんと発表したのか(メモにはっきり記載していない)
林  していない
代  返還期間を決めたのは
林  代表です
代  返すことにしたのですね。何人くらい
林  そちらで持っていませんか
代  期間をきった理由は
林  わからない
代  3000万円は
林  覚えている
代  加津子の口座名移したのは
林  良くわからない
代  移した理由は
林  ぱるる口座には一定以上預金できないので一部を移した。
代  預金のつかない無限扱いなしているが
林  私はしていない

ここで被告代理人から約束の時間内で終わるよう訴えがある。

代  シェルター基金と明記していたのはいくらか
林  記憶に無い
代  明記していないのにわかったのは
林  メールで確認した。メールでいただいた返信。電話もある。
代  いつ聴いた
林  了解取ったのはその後11月以降

被告代理人より「メールの主旨は応援メッセではないのか」と発言あり。

代  1/31有難うございますの記載は
林  通帳に出てこないものもある
代  手渡し現金をポケットマネーにしたか
林  ない
代  あまった場合は
林  銀行に入れている。

ボランティア基金等返還訴訟 証人証言まとめ2009-09-10

9月4日の裁判の様子は3回に分けて書いてきた。
これが最後のものとなる。

鎌田証人が時間が許せば話したいことがたくさんあるという姿勢、
被告人席に対して私の指摘に間違いがあるかという自信を見せていたのに対して、
被告人は原告席を見ることもなく、
ただ前方に顔を向けぼそぼそと話し、
原告弁護人の質問が核心のところに触れると
記憶に無い、はっきり覚えていない、等々答えているのがめだった。
8月28日の裁判のように瞬きが異様に多いと感じさせることはなかった。
林代表を見ると、鎌田証人が証言していあいだ、
外からいきなりは入ってきた僕ですら暑いと感じる状況ではなかったのに、
しきりにハンカチで額を拭ったり、頬を拭ったりしていた。
僕が知る限りでは、こうした行為は緊張状態にあることを意味している。

前回記事では、原告代理人質問時のぼくのメモを全文載せたが、
あのようにすらすらと進んだわけではない。
核心の部分に入ると証言はループ状i何度もなったし、
代理人の質問に、意図してか無意識にか知らないが、
異なる回答を行い、同じ質問を繰り返されることもあった。

たとえばDPでの募金について、
エンジェルシェルター基金に仕分けした根拠については、
「基金と明記してください」としているが、
調査嘱託の分析記録でははっきり明記されたものは小額で、
5700万円には及ばないが、
どのようにして分けたのかと問われると、
メールで問い合わせて確認したと答えた。
原告代理人が5700万円もの寄付金のいちいちに対して行ったのかとかさねると、
そうだといったんは答えながら
振り込みの記載からメールアドレスがわかるのかと聞けば、
他に電話で「も」確認したと答える。
それらのメールはすべて保存していると答え、
出せるのかと問われると、出せると返したが、
被告代理人からは訂正するように
「応援メッセージという意味合いじゃなかったのか。趣旨が変わっている。」
と助け舟を出さざるを得なくなった。
結局それすら無視視した格好で、開示できるとしていた。

ぱるる通帳をめぐっての応酬も難解だった。
通帳への記帳は遠いのでできなかったとしているが、
通帳から引き出して他の口座に移したのは誰かと聞かれると自分と答えながら、
記帳しなければいくら入っているのかわからないと思うがときかれると、
なんかうやむやのな返答をしてみる。
統括親族への振込みも、借金返済の150万と一時的に貸したお金としていることに関して、
何故親族名義で振り込まなかったのかということに対しては、
もともとAAの金だからAA名義で振り込んでなにがおかしいと答えている。
それでは返済したということにならないし、
借金返済の150万の金も含めた1200万の移動への説明として成立しなくなる。
全く合理性の無い出し入れへの説明ということになっている。
聞けば聞くほど不自然であり、釈然としない。

統括の口座に3000万円振り込んだことに対しても
       ↑(後段とごっちゃになっていたので訂正しました。)
ぱるるの預金限度額が1000万円なので移すよういわれ、
AA名義の口座を開設する前に一時的に振り込んだと従来の主張を行ったが、
原告側の指摘では、金利のつかない状況にして
限度額設定を取り払っていることが指摘されている。
それに対しては「私はしていない」と回答しているが、
そういう事実は無いとしていない。
口座管理は統括と二人で行っていたというのだから、
「私はしていない」と答えたのであれば、
原告の指摘する事実が正しいのであれば統括が手続きしたことになる。
そのあたりのことにも合理的な説明がなされていない。

とにかく核心部分に入るとぐるぐる話がループし、
結局明確な回答を行わない。

そういう質問の中からでも林被告から、
F税理士が中間報告を行った際に見たものとして、
AAが勘定元帳のようなものを作っていたこと、
現金募金出納簿も作っていたこと、
5700万円分のエンジェルシェルター同意文書が存在するものがあるということ、
自身の納税証明書もあることなどが明言され、
証拠として出せますかとの問いに出せると答えたことの意味は大きい。

被告代理人が前回に明らかにした車の売却代金300万は、
600万より少し少ない額であるとされ、
それをDPに現金でM氏の寄付金などとあわせて持っていったとしているが、
中間報告のどこを見てみそうした事実は浮かび上がってこない。
当座の運転資金として持って行ったというのが事実としても、
結局は使用せず自分の金として処理したということであり、
身銭を切ったということに繋がらない点にも着目しておきたい。

さて、8月28日と9月4日の裁判で、林代表以外の証言でわかったことは、
従来から噂として流布していたことが、
かなりな事実として浮かび上がったということだと思う。
林代表については、せっかく証言の機会を与えられながら、
しかも準備期間が十分にあったのに、被告代理人ですら核心についての質問を避けた。
林代表の証言では、それらの噂を否定しえるだけの説得力を持つ証拠、
または説明は一切聞かれなかったと思っている。
「記憶にございません」は政治家に良く見られる言い訳だが゜
たいていの場合は記憶していても答えられないから使う常套句に過ぎない。
繁殖場71頭レスキューに触れた箇所があるが、
「大阪市内の繁殖場で50‐70頭」と答えている。
元は67頭と発表していたこのレスキューは、
繁殖場従業員が高島市に運び込んだといういわくつきのものだ。
崩壊した繁殖場で4頭里親を見つけていたのに、
その4頭も里親の元に出すよりAAにおいていたほうが幸せだということで
わざわざ引き上げてきて、レスキュー頭数に追加して71頭にしている。、
なのに、50‐70などと幅を持たせている点で、
レスキューの実態を明らかにしたようなものと映る。
この質問は被告代理人がおこなっったもので、
おそらく前日までに打ち合わせが完了しているはずなのだ。
自分たちが公式発表したレスキュー頭数をいえなかったということは、
彼らの活動の事情を伺い知らせる例となる。

誠実であること。
寄付を求めるものとして持っていて欲しい最低限の本人属性。
9月4日の林証人には、それが全く見受けられなかった。

10月9日に裁判所の記録がまとめられる。
11月にも最終弁論があり、年内結審と見込まれる。

原告の勝利に期待しているところだが、
仮に負けても、裁判所の認定の中で彼らの手法に疑問が添えられることを願って止まない。

AAの判決の行方を見守っているであろう、
よこしまな動機を抱えた寄付金を期待しているものたちを喜ばせるような判決にならないことを祈る。、
裁判の決着しだいによっては、AA的手法にお墨付けを与えてしまうこととなる。
それだけはなんとしても避けて欲しいと思う。

ぼくが街頭募金に応えなくなって30年。
はっきりしない募金箱には絶対に入れないで来た。
公的機関などの要請には募金に応じてはいるが、
判決がAA的手法のいかがわしさを認めなければ、
そういう気さえ失いそうだ。

支援というものは相互扶助のようなものだと思っている。
困っている人がいたとき、自分に余裕があれば助ける。
助けられる側になりたいとは思わないが、
万一、助けられる側になるなら感謝を忘れないでいたい。
俺様たちに寄付せよ。
そういう尊大なものたちに鉄槌を。

(9/11に一部訂正と加筆を行っています。)

下僕らしくない夏、だったのではないし。2009-09-13

義兄が亡くなってしまったり、AAの裁判が立て続けに開廷されたり、
仕事が忙しかったり、裏家業も忙しかったりで、
まったく心の余裕の無いままに、あらよという間に8月が過ぎ、
気がつけば9月も中旬になってました。

8月3日に八ヶ岳行きの記事アップしてから、
犬の下僕として何もしていなかったのかといえば、
もちろんそんなことは無く、(そんななら、ごくふつうに折檻を受けます)
さすがに8月15日から8月25日くらいまでは、義兄の死去で多忙を極めたので、
犬たちはほったらかしで、訓練士さんに預かっていただいたりもしました。
が、その後は週に一度のドギパ行きと、週一度の訓練参加は欠かさず行っています。
こういう日常が下僕にとっての喜びであります。

この1月あまりの犬たちの記録を一挙アップしておこう。

8月8日、15日、29日、9月5日、そして本日はドギパに行ってました。
これといった事件も無く無事。。。と、言いたいが先週は
ちょっとした事件が起きました。
事件のことはあとで。

8月3日、10日、17日、24日、31日、9月7日は訓練日です。
17日と24日はさすがに訓練に行ってやれなかったけれど、
他の日はちゃんと一緒に訓練されてきました。
情けないことに「そらん」はぼくを水に訓練しさんを見ながら作業してくれます。
もうちょっとしっかりしなくては。

8月16日から19日は2頭とも葬儀に行くためお泊りに行きました。
「そらん」は訓練士さんがいたら結構満足できるようで、
3泊4日のお泊りはルンルン気分だったよううです。
「はいら」は以前のお泊りでもそうでしたが、
帰ってきたその日から下痢をするという、
なんともいえない神経質さを持っていると判明しました。
毎夏お泊りの日があるのに、こんなことじゃ思いやられます。

とっても薄情なことに、8月25日のジョンの3回忌を失念していました。
数日前には覚えていたのに、
義兄の件でばたばたする間に、気がつけば8月27日になっていました。
忘れてしまった自分が少し悔しい。
忘れたことは仕方ないから、花だけ供えてあげました。
9月23日の「ごお」の命日に一緒に供養してあげよう。

9月5日の事件とは何か。
OPDESの訓練用のボールがあるのです。
ブンブンボールのようなものと思っていただければよいのですが、
あの紐の部分を飲んじゃうという事件がありました。
「そらん」や「はいら」ではなくドギパの看板犬ジロー君が、
ボール投げに参加していたとき、飲んじゃうことになっちゃいました。
結論だけ言うと無事に吐き出せたのでよかったのですが、
危うく回復しなければならないかもという事件になりました。
ジロー君、ボールを咥えるのではなく、紐が好きなんです。
運んできてボールの紐部分を咬み咬みしながら半分以上飲んじゃう。
取り上げると胃液がついているという状態。
だから普段は注意して早めに取り上げるのですが、
この日は取り上げるが一瞬遅れてしまったよう。
胃の中に20センチくらい紐を納めたまま、
付け根側の紐をガジガジするうち噛み切ってしまった。
さあ大変。あんな長い紐、絶対に下からは出ない。
応急処置をしたあとすぐさま獣医に直行。
無事吐き出せたからよかったものの、出なければ開腹です。
紐側をカミカミするい犬がいたら御用心、御用心。
ううーん。これからひも付きボール持っていけんぞ。
寄る年波でボールを投げられなくなった僕としてはつらいなあ。
「そらん」は遠くに投げてやらんと燃えんのだ。

とっても大変だった今夏。
下僕と犬たちの日々でした。

パコと魔法の絵本2009-09-14

関口尚   幻冬舎文庫   495円

2006年発表の「空をつかむまで」で第22回坪田譲治文学賞を受賞したことのある1972年生まれの作家。
 後藤ひろひと原作の舞台『MIDSUMMER CAROL ガマ王子vsザリガニ魔人』を小説に構成しなおした作品となる。2008年に映画が公開され、それに合わせるようにして発表された。
 この作品を語るのには、いささか弁解をしておく必要がある。僕はこういう作品はどっちかというと苦手なのだ。小説と演劇では表現手法が異なる。ことする表現形式のものを、同じようにして再構成するのは難しい。おそらくこの小説も、舞台と映画のイメージをそのまま小説化しようとしたのだろう。小説の中での人の変化が唐突に過ぎ、薄っぺらの印象を感じてしまうのだ。人は容易く変わることは無いはず。なのに些細なきっかけで激変していい人になる過程が説明はされているもののしっくりとしない。演劇ベースゆえに登場人物も極端に少なく、人と人の関係性がいいびつなものとも思う。こういうところに引っかかってしまっては、この小説に辛口になるのも仕方ないということだ。
 あるいはこの小説を大人のものと考えず、子供向けのものとして捉えてはどうか。やはりすっきりとしない。ブタ印らではのデフォルメされた人物に臭みを感じて仕方ない。この物語が子供向けとして優れたものとは思えないのだ。もちろん主人公となる大貫が、他人を見下す態度を、パコという少女の無垢の姿と境遇に打たれ変えたという点は評価する。でも、その少女が読む絵本の存在自体が馴染めないものとして残る。やはり子供向けとしてさえよいものとは思えないのだ。
 そういうわけでこの本はくだらないものと思う。演劇や映画を見たら印象は変わるのかもしれないが、小説という表現で見も限り評価すべき点は全く無いと思う。

 このように言ってしまったものの、ストーリーそのものは悪くない。よくある悔悛物語としてみたら
一応体裁は整っている。そういう意味では予定調和的であるし、読後感がまずいものとなっってい無いところは評価できよう。

起業した大貫は苦労を重ねた末、いつしか巨大グループの総帥になっていた。仕事一筋に生きてきた彼は結婚さえしていず、ひたすら自身のみを頼みに生きていた。そんな彼が心臓に持病を抱えて入院することになった。入院患者も、医師も、看護婦も、なんだかへんてこなものばかり。ただでさえ人嫌いな大貫はいっそう凝り固まって人を見下そうとしている。
そんな彼はある日天使のような少女を見かける。他人に対して優しくするすべのない大貫は、その少女にすら意地悪をする。しかし天真爛漫な少女に惹かれ、彼女の読む絵本を読んであげることになっった。次の日、また少女に出会ったとき、彼は誤解から少女を殴ってしまう。しかし、その少女は事故で両親を一挙に失ったばかりか、事故の後遺症で一日しか記憶が持たない病気だと知る。悔悟する大貫。また次の日であったとき、少女は信じられないことに大貫が前にも頬を触ったねと尋ねる。
大貫は自分のことだけを記憶している少女を見て、自分にできることはしようと決意する。そんな大貫を見て、大貫にひどい目に合わされていた他の入院患者も看護婦も大貫を見直し始める。…そして病院中を舞台にした一大イベントが開催される。大貫の持病が心配される中、イベントは進み、そして…。

キッドナップ・ツアー2009-09-14

角田光代   新潮文庫   400円

角田光代は、『対岸の彼女』で第132回直木三十五賞受賞するなど、今や押しも押されぬ人気作家の一人。ぼくはこの人の作品は「愛がなんだ」という作品は読んだっけという程度。なんか面白いと感じたが、ぴんと来なかったというイメージがある。なんか人を好きになる難しさを訴えていたなという薄ぼんやりとした記憶がある。
この「キッドナップ・ツアー」は、以前評判を聞いておりいつか読もうと思っていた作品だ。もともとは子供向けの物語として書かれたようだが、大人が読んでも十分に鑑賞に堪えられる作品だった。さすが評判となっただけのことはある。
実父に誘拐されるハルという名の少女のひと夏を描いている。
ハルは父と母の三人家族で、なにやら父は2ヶ月前から家からいなくなったらしい。どうやら離婚しているらしいと知れる。誘拐の動機など背景は最後まで語られることは無いが、このお父さんずいぶんとだらしない男のようだ。日の着いたタバコをゴミ箱に投げ込んで小火騒ぎを起こしたり、貝にあたって苦しむ妻を見て妊娠したと騒ぐばかりか身に覚えが無いぞといってみたりと散々だ。
そんな彼が娘を誘拐する。復縁を迫っているのか、金目的なのかははっきりしない。ただ、娘を連れまわしあっちにこっちにふらふらと逃げ回る。母のほうも別に警察に手配しているわけではないようなので、なんというのか作品の中では誘拐というイメージは存在しない。
この誘拐中に、ハルはお父さんとの関係を少しずつ築き上げる。お父さんのいなくなった家では、不自由なく暮らしていたハルだが、お父さんとの一緒の行動中は、お父さんの生活観を反映してか、まあまあの旅館から宿坊、ついには野宿と、桂格差のかけらも無い毎日を過ごす。そういう生活の中で忘れていたものを思い出すのだ。
誘拐のたびが終わるとき、ハルが漏らす言葉と、それに答えるお父さんの言葉が泣ける。

15万キロを越えていた。2009-09-14

9月3日にセレナの走行距離が15万キロを突破した。

まだ時期の車が決まっていない。
2010年にはエルグランドがフルチェン<
セレナにはハイブリッドが出るとの噂もある。

それまで待つか。

思案のしどころだ。

書いたことくらい覚えていてよ。2009-09-15

7月中旬を最後に、裁判以外ではAAに触れないようにしている。
かえるの面に小便、馬の耳に念仏、
どうせ何を書いたってコアの支援者とAAには届かない。

いろんな告知はすれど、やりっぱなしで結果報告はしない。
巨大なスペースをもつネット活動も放置状態。
管理しきれないならしきれないで、
「有難うございました」や「活動記録」は活動日誌に集約したっていいじゃない。
支援者だって、あっちを見たりこっちを見たり記事を探して右往左往しなくて済むというものだ。
HPの新着記事だって無残。
総会を行いましたって書かないんだものなあ。
複数の裁判の結果も新着で紹介しないし、
自分たちに不都合な内容には蓋を、ですかい。

こういうことを指摘し続けても彼らには反対のためのものとしか映らないようだ。
まともであればもちろん、虚偽の活動だったとしても、
批判に対しては柔軟に対応しないと信頼だけ失うってことに気づけないようだ。
AAを追い続けてAAの矛盾を指摘していく、
それは同じことの繰り返しで虚しい上に人への不信ばかりが増えていく行為。
けして気分が良くなることじゃないから、書かないようにしていたのです。

でも、あまりに呆れたため書くことにしました。
それは…

活動日誌2009/09/06(日)づけ「頑張ります」では、
以下のように書かれています。

『活動を始めてから、多くの企業様のご協力でドックフードを頂いておりました。
昨年、妨害行動で企業様にフードの打ち切りという事態になりました。
ワン達のご飯を取り上げたと、当時日誌でも記載致しました。
企業様のご支援がとても大きく、実際フードに困った事は御座いませんでした。
ホームレスの方が抱えるワン達にも、フード支援を行う事ができました。
個人で活動されている方へのフード協力も出来ました。
おなかを空かせているワン達の為のご支援でした。
正直、今現在非常にピンチです。』

これは大変おかしな話ではないか。
AAのHP上では常に緊急募集のトップにフードがあげられていた。
困ったことが無いのに、緊急募集するって、
医療費が膨らんできていますと書きながら、
実際にはほとんど医療費支出なかったのに、
医療費の支援をお願いし続けたDPの手法そのままではないか。
個人活動家への支援とか、ホームレスにあげたと書かれているが、
「活動日誌」にはDP以降見受けた記憶の無い事実。
個人で活動している人へ支援したと書かれているの、
AAの支援者にあげたって、そういう風にかけるものね。
AA支援者って同時にAAでボランティアもされてるもんね。
ホームレスの件はDP以前に見受けたことはああります。
でもそんな人たちにプレミアムフードをあげるのはどうかと思いますよ。
だいたい一番たくさん支援してあげたのは、
シェルター内で暮らしているネズミさんやその他の動物という皮肉。
「活動日誌」に紹介してたの自分たちだからね。

同じ日の活動日誌に書かれている内容に次のものもある。

『その後のレスキューは、広島の教訓を生かし、全てスムーズに行われました。
積み重ねで学習し、個体管理から治療方針などもスタッフ達は的確に行えるようになりました。』

どこが教訓で、なにがスムーズなんだか。
企業からの支援が潤沢で困っていもしないのに緊急支援要請をする。
それもプレミアムフードばっか。
上を見ればきりがないとは言え、ユッカヌバやロイヤルカナンは高級品。
緊急で支援を求めるものとして適当なものか?
教訓というのは、犬を助けている限り、
実際の台所事情はともかく緊急と銘打っておけばお人よしから支援が来るというもの?
兎を待ち続けた「待ちぼうけ」の精神かい。なんて勘ぐる。

自分たちが何をしてきたのか、ほんとに反省できないようだ。
困った人たちである。

PS
愛知支部で売っているマンマリゾ、
誤解されないように仕入れ伝票保管しておきや。
ぼくは正規の仕入れ品に違いないと思っているけれど、
売り出した時期が時期だし、誤解されかねないよ。
まあ申告していれば仕入れ伝票も保管しているだろうから、
すぐに証明できますよね。