DEEP LOVE 第一部 アユの物語2006-11-16

Yoshi   スタ-ツ出版  \999(込)

ちょっと前にコミック版「Deep Love パオの物語(」を読んだ。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2006/09/12/520898
そのとき感じたものを確認してみるために、原作を読んでいる。
題名からして胡散臭いと思って敬遠していたし、
読書仲間からの酷評に食指が動かず放置していたのだ。
やはり興味など持たずに無視していたらよかったと思っている。

著者自身の言葉が書籍に載っているが、その言は『愛が救う』のだそうだ。
この第一部のどこに愛があるというのだ。
あるのは唾棄すべき歪んだ精神だけで、愛と呼べるほどのものはない。
愛というものの本質は、僕などが語るべきではないが、
ここにあるのは錯覚というべきものだけでしかないと思う。

本を読まない人に愛を伝えるなどと評価する向きもあるが、
この著作から愛を感じられるのだとすれば、
貧しい精神生活を送ってきたのね、かわいそうだね。

物語を形作るすべてのエピソードは、
過去の作品からウケル部分だけを抜き出してきているとしか見えない。
オリジナルなものなどひとつとしてなく、すべて類型化された表現である。
どうして売れてしまったのだろう。

性愛表現にしたって、欲情を感じさせないから、
多くの人が指摘するように、作家としての力量に届いていない。

携帯で配信していたものに加筆して校正しなおしてこのレベルなのなら、
もともとがどんなものだったのか、想像できない。
ここまで言い切ると、『じゃ、あんたかけるの?』なんて
この作品で感動できた人たちから指摘されそうだけれど、
「でも僕は作家じゃありません。」と答えるしかない。

引き続き第2部を読んでいるが、依然『愛』はない。
この作品に愛を見出せるなんて、
感性が溢れかえっている人であるか、何も知らないかのどちらかだろう。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://kumaneko.asablo.jp/blog/2006/11/16/957532/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。