『オフシーズン』2007-06-09

ジャック・ケッチャム著  扶桑社  2000刊  ¥629

 スティーブン・キングが絶賛する作家
ジャック・ケッチャムのデビュー作品。
あまりに過激な描写・残虐さに永らく封印されていた作品の初訳である。
ケッチャムという作家の描く世界には、
おどろおどろしい魔物は登場しない。
普通の人間がふとした弾みで狂気を帯びる様子を描いている。
89年の『隣の家の少女』では、
両親と死別した美しい少女が、
引き取った女性の小さな狂気から家族の“いじめ”の対象とされ
殺害される物語であり、
95年の『老人と犬』では愛犬を理由なく殺害された老人の正義感が、
どこか狂った裕福な家庭の者を破滅させていく過程を描いている。
現代ではすぐ隣にある身近な狂気を題材としながらも、
陳腐なモンスターが作り出す恐怖にはない、
リアルな恐怖を表現している。

このデビュー作はケッチャムの後年の作品に比べれば、設定は特異である。
本作では食人族と都会暮らしの人間との闘争がテーマとなっている。
アメリカの保養地にシーズンの終わりに都会から自然を楽しみに来た集団が、
入り組んだ地形に住む異様な集団に狙われる。
彼らはいつからか生き継いでいる狩猟集団であり、
人間をも動物と同じ獲物と考えていた。
ねらわれた集団は彼ら食人族から逃れることができるのか? 
本国発売時に過激さゆえに割愛された部分や
修正をオリジナルな形にした完全版。

伝説のモダン・ホラーが蘇える。

『パイの物語』2007-06-09

ヤン・マーテル著  竹書房  2004刊  ¥1800

最近の海外文学では『ハリー・ポッター』ばかりが注目されているようですが、
ほかにも秀作はたくさんあります。
ルグインの『空飛び猫』シリーズや
ダレンシャンなども優れた物語ではないかと思っています。
そんな優れた作品のひとつに『パイの物語』も並べてよいと思います。

 この作品は海洋漂流物語で
『ロビンソン・クルーソー』などと同じ範疇に属していますが、
いっそうひねりの効いたところもあり、
従来にない新しい味が感じられます。
2002年度の英国ブッカー賞を受賞し映画化もされるということです。

 物語は3部構成になっています。
主人公パイ・パテル少年のインドでの生活が第一部。
一家がインドに絶望しカナダへの移住途上、
船舶事故により太平洋を漂流する第二部。後日談の第三部。
それぞれのパートに興味深いエピソードがちりばめられていますが、
圧巻は第二部のベンガルトラと太平洋を漂流するパートです。

一艘しかない救命ボートに乗り助かったのはパイ少年と4頭の動物たち、
骨折したシマウマ、オランウータン、ハイエナ、
そしてベンガルトラ。凄絶なサバイバルゲームが始まる。
次第に混濁する記憶が幻想にまでいたらしめる描写には引き込まれます。
第一部でも現代社会の病巣のひとつ、
宗教対立に言及するなど、人間の暗部にも光をあてています。
短い第三部は、
この作品を単純な漂流冒険物語に終わらせない皮肉なパートになっています。
この第三部があるからこそ、第二部の異様な物語が、
何故パイ少年によって語られることとなったかが見えてきます。

予定調和的作品に飽き足りない人必読の書

『追跡犬ブラッドハウンド』(上下2巻)2007-06-09

ヴァージニア・ラリア 著  早川書房(文庫) 各780円(税別)

「最近の本は面白くない。私が書いたほうがまだましよ」と
60歳を過ぎた女性がつぶやいた。
車椅子に座る女性は読書を何よりの楽しみとしていたのだ。
その連れ合いは「なら、書きなさい。」と強く勧めた。
のみならず女性の寝室にはデスクが入り、タイプがおかれた。
こうして60歳を過ぎたミステリー作家は誕生した。 
その第一作が本書なのです
。この作品は大変好評でアンソニー賞を受賞し、
その後も続編が出版され、
現在第5作がアメリカでは刊行されているとのことである。

 物語は、ジョージア州の架空の町で、
34頭のブラッドハウンドを飼い、彼らを追跡犬として訓練し、
警察と契約して救助活動や麻薬捜査に携わる女性ブリーダー=ジョー・ベス・シドンをヒロインとして展開する。

 筋としては、
ジョー・ベスが携わる捜査へのブラッドハウンドとの協力ぶりと結末。
もうひとつの軸はジョー・ベス自身の家庭上の秘密がある。
 ジョー・ベスは晩年に高名となる画家の子供であったが、
その父の遺言をめぐる不可解さが、遺言執行人の死によって明らかとなり、
その謎を解き明かすうちに、警察との契約業務がリンクし、
事件の渦中に巻き込まれていく構成となっている。

 ミステリゆえ詳述は避けるが、
ジョー・ベスのタフな精神は特筆するべきものがある。
ジョー・ベスのスタッフにも興味深い人物が配置されています。
一例としては、聾唖の訓練士ウェインなどがいます。
アメリカ南部の根強い伝統的偏見に対して、
断固たる態度で臨みつづけるジョー・ベスには痛快さを覚えます。
まさに、女性が主人公のハードボイルドといった趣がある。
また、ブラッドハウンドを利用した捜査も実に興味深い。
 とても処女作とは思えない充実した作品です。

『朗読者』2007-06-09

ベルンハルト・シュリンク著
新潮社 ¥1800 2000年刊(原著は1995発表)

20世紀最大の事件は
第二時世界大戦であったことは誰もが認めるところではないだろうか。
戦争により多くの国で戦闘の結果人命が奪われたこともだが、
派生した事件の数々が未だに暗い影を落としつづけている点においても。
曰く原爆症の問題。在日外国人の問題など、
決着が計られたといいながらもひきづったままの問題は
わが国でも見受けられる。

 このベストセラー小説もまた
第二次世界大戦の影が重くのしかかっているのだ。

原著は1995年にドイツで刊行されている。
「ブリキの太鼓」以来の問題作だとされ全世界で読まれている。
そして、その評価は嘘ではなかった。
読後に覚える感慨は複雑であり、受ける感動も複雑なのだ。
特にホロ・コーストについて
ドイツ国民が抱えた問題は単純でなかったことを物語りもしている。 

 病がちの15歳の少年が、
ふとした弾みで母親ほどの年齢の女性に恋をする。物語はそうして始まる。
色彩鮮やかに語られる恋と、恋する女性のいる風景は、
目くるめく快感を伴って繰り広げられる。
やがて恋した女性の奇妙な習慣が明らかになっていく。
愛を交わしたあと朗読をせがむのだった。
色鮮やかな青春の頁に忍び寄る奇妙な違和感。突然の別離。
痕跡まで消し去り消えてしまった恋人。少年はやがて忘れていく。

 司法修習生として法律の道を目指す青年となった彼の前に、
恋人は姿を再びあらわす。戦争犯罪人として法廷に立ち。
自らの自尊心のためあらゆるものと戦いつづけながら、
総ての責任を負わされることを選択しながら…。
 少年は、戦犯として服役することとなったかつての恋人に、
朗読をテープにして送り始めるのだった。
やがて年月が過ぎ出所の日が近づく…
 今世紀を締めるにふさわしい作品です。ぜひ読んでください

『クライマーズ・ハイ』2007-06-09

横山秀夫著  文芸春秋  2003刊   \1,571
 テレビドラマや映画に横山秀夫作品は引っ張りだこである。
ミステリともいわれる横山作品は、犯人当てを主眼とするものではなく、
犯罪にかかわる人間たちの心の闇を語る作品が多い。
作風を一言で表現するとしたら人情噺だと私は思っている。
小さな何故にこだわる作中人物たちが、
より大きな意思の下で苦悩し妥協しながらも、
こだわりを追い求め解き明かしていく中に、
さまざまな人の心の奥を語る。
その果てに見えるのは安寧の心なのだから読者は解放を感じるのだ。

 『クライマーズ・ハイ』は地方新聞記者の悠木を主人公にした
山登り小説である。
 物語は山登りのシーンから始まる。
60も近い悠木と20歳代の男がクライミングする”今”がある。
悠木は「下りるために登るんさ」との
18年前に聞いたなぞの言葉の真相を考えながら。
初老ともいえる悠木がクライミング中に過去を回想する。
物語は”今”と”過去”が交互に語られ進んでいく。
 過去の悠木にはいくつもの心に抱える闇があった。
売春婦だった母の記憶。部下の自殺。息子との葛藤。
すでに古参社員となっている彼にとって、
何かと鬱屈がたまる日々が続いていた。
そんな彼を元クライマーの安西が、
何人もの登山家の命を飲み込み
魔の山と呼ばれる谷川岳・衝立岩の登頂に誘うのであった。
出発日の夜、御巣鷹山で墜落事故が発生し、約束を果たせなくなる。
一人で出発したはずの安西もまた、
山とは無関係の歓楽街で倒れ、意識が戻らない。
未曾有の巨大事故の全権デスクを命じられた悠木は、
社内の確執に翻弄されながらも取材指揮を執る一方、
歓楽街に倒れた安西の言葉の答えを考え続ける。
二つの「魔の山」を過去の悠木は乗り越えられるのか。
そして、“今”の悠木は現実の山を乗り越えられるのか。

『海の史劇』2007-06-09

吉村 昭 著   新潮社(文庫)  2003刊(1981)  ¥890

 2004年は日露戦争開戦から100年の記念年だった。
百周年ということもあり、今年は日露戦争関連本がたくさん出版されたし、
関係者の再評価も進められた。
例えば乃木大将は、名称→愚将→やっぱり名将だった?、
というように評価はこの100年で変わってきている。
著名な日本海海戦にしても、
東郷元帥の綿密な作戦であったとする評価から、偶
然に助けられたとする見方が出たりしている。
今年発売された書籍は時代を背景にしてか
戦争を賛美する傾向が強いかなと感じたが、
ここで紹介する『海の史劇』は25年近く前に発表された作品で、
戦争の滑稽さが浮き出るようになっている作品である。

日露双方が、国の興廃を賭けて、国力の限界まで戦うこととなった。
緒戦で制海圏を失ったロシアが
世界最強の海軍国としての誇りをかけ大艦隊を派遣する。
大遠征に向かう艦隊を歓呼で送り出す圧倒的な場面に始まり、
連合艦隊司令長官東郷平八郎の死で終る。
日露両国の資料を綿密に読み解き、七カ月に及ぶ大回航の苦心と、
迎え撃つ日本側の態度、海戦の詳細、
講和に至る経緯等々を克明に描いた記録・戦記文学。
登場する人間たちの人格にまで踏み込んだ物語に圧倒される。

吉村氏のさめた頭脳は、この後に続く日本の悲喜劇の原点を、
日露戦争の顛末で見据えている。
日本軍・日本国の隠蔽体質は日露戦争当時にも見受けられ、
その遠因を作ったのは国民であることをも示唆している。
このような情報操作は、対テロ戦争に用いられていないといえるのか。

『テロリストのパラソル』2007-06-09

藤原伊織著  講談社 1995刊 ¥1359  

史上初!乱歩賞・直木賞W受賞 ハードボイルド
 ミステリなら江戸川乱歩賞、大衆小説なら直木賞は最高峰の文学賞といえる。
一人の作家がその両賞を受けるというのは
桐野夏生や東野圭吾など珍しいことではないが、
ひとつの作品で両賞を受賞したのは藤原伊織が空前にして絶後なのである。
出版事情などの状況もあったのかもしれない。
が、確かに両賞を受賞するに相応しい充実した小説である。

 主人公は学生闘争末期の1971年に起きた爆弾事件に関係し、
警察から姿を隠しひっそりと都会の雑踏に暮らす
中年のアルコール中毒者=島村という男である。
物語は10月の新宿中央公園で幕を開ける。
犠牲者が多数出る爆発事件がおきる。
事件が起きたとき島村は現場近くにいた。
昔の事件で警察に追われている島村は姿を隠そうとする。
姿を隠す直前に島村は一人の女性に出会う。
彼女は20年前に一緒に暮らした女性=優子の娘だった。
そして島村は意外な事実を知ることになる。
優子は事件により死亡していた。
そして20年前の爆弾事件で行動を共にしていた友人=桑野も爆発に巻き込まれて命を落としていた。
20年前に学生運動を共に戦った仲間二人の死の謎に島村は挑み始める。
大都市東京の暗部であるホームレスや
姿を変化させる暴力団・合法ドラッグの蔓延などを織り込みつつ、
20年前に起きた事件の人間関係がパズルのように入り組んで
事件は意外な結末を迎える。
 スピーディーなストーリー、個性的な登場人物、
意外な結末と読む者を決して厭きさせない完成度には脱帽だ。

『パーフェクト・ブルー』 宮部みゆき著2007-06-09

宮部みゆき著  東京創元社 1992刊 ¥620 文庫

 宮部みゆきさんは、本当にうまい作家である。
1987年に文壇デビューを果たしてから現在までの活躍は
“日本ミステリ界の華”と呼ぶに相応しい。
宮部さんの作品は単にミステリに止まらず、
時代小説からSFまでと幅広い。
『火車』(山本周五郎賞1992)『蒲生邸殺人事件』(日本SF大賞1996)
『理由』(直木賞1998)など文学賞受賞暦を見ても多彩だ。

 今、旬な宮部さんの長編デビュー作品が、
今回紹介する『パーフェクト・ブルー』なのだ。
初期の作品にして、この完成度。
ミステリとしての意外性はもちろんのこと、
社会問題を巧みに取り入れ、
いくつかの事件を絡めあいながら読者を引っ張るうまさには脱帽してしまう。

 蓮見探偵事務所の調査員・加代子と引退警察犬マサは
諸岡進也を連れ戻すように依頼される。
進也を見つけ連れ帰る途中に
一人の高校野球のヒーローが殺害される現場に居合わせることとなった。
その殺害された少年は進也の兄だった。
そして、殺害犯人は、兄の少年野球仲間だった。
事件はそれで終わったかと思えたのだが…
製薬会社の新薬開発をめぐるスキャンダル、
商業化しすぎた高校野球界の問題などが絡み合い、
事件は意外な展開を見せる。
この予想外の結末をあなたは想像できないだろう。

 物語は、元警察犬のマサの視点で書かれている。
マサが見る人物像がストーリーに更なる彩りを与えている。
 宮部さんはデビュー長編での登場人物に愛着があったのか、
続編が書かれている。『心とろかすような』が、それである。
あわせて読んでみるといいのではないだろうか。
作家自身の成長からか、
ぐっと力が抜けた好篇でまとめられた連作短編集となっています。

『わたしのグランパ』2007-06-09

筒井康隆 著 文藝春秋 1999刊 ¥95
今はもう見る事が少ない一本芯のとおった侠気(おとこぎ)溢れる老人
ちょっと前まで街の銭湯なんかには必ずいた、
いなせで気風が良くて、
無茶もするけど愛されている老人が大活躍する活劇小説の登場だ。

 珠子は平凡な学校に通う中学生。祖母と両親の4人暮らし。
そんな珠子には、囹圄(れいご)の人と書かれる祖父がいることを、
小学生のとき知った。
 中学生の珠子は、いじめに会っている子を助けたため、
執拗ないじめにあっていた。家庭では地屋の嫌がらせを受けている。
そんなとき、祖父が刑務所から帰ってきた。
和服の着流しに五分刈りの胡麻塩頭で。
 祖父は刑務所に入ったものの、町の住人からは好かれているらしく、
信頼もされている。
そんな祖父が帰ってきてから、珠子の周囲は大きく変わる。
 凛とした生き方をする祖父によって、
学校で暴れている子供たちも変わって行く。
 
 そんな祖父には謎があった。
たいして働いていないのに金回りが良いのだ。
そのことがやがて珠子を大活劇に巻き込むのだった。

 小気味良い解決を堪能してください。

 このワイルドに生きた祖父はあっけなく死んでしまう。
あっけなくこの世を去ったとき、係った総ての人がひとつの感慨を持つ。
なかでも祖母の一言は胸を打つ。
 易しい文体で書かれた秀作です。ぜひ読んで感動してください。

まとめてみる2007-06-09

あっちこっちに散逸していたレビューを集めてみた。

一挙に21本移設してみました。
まだまだ忘れているレビューが残っているけど、
見つけられない。(どこに書いたのか失念している。)

書いたのが3-6年前なので、
今となっては実態が異なっていたりするのはご愛嬌。

この記事以降は、また新しいものだけになる。