しっかりしてや2008-06-15

あいも変わらず内容のない活動日誌をほぼ毎日更新しているAA。
書けば書くほど、以前の主張とブレがあり、
ほんまにしっかりしてやといいたくなる。
保護犬紹介には、健康状態や飼育上の留意点など書いて然るべき。
当たり前のことができないほど、
シェルター内での作業が忙しいのかといえば、決してそんなことはなく、
あろうことかシェルターでは農園を作っていられる時間があるらしい。
シェルターに農園を作ることが悪いとは思わないが、
すべきことができていない現状を考えると、あほらしくなってしまう。

相変わらず、活動日誌なり「ずばり一言」拍手コメには、
熱狂的なAA支援者がいるようで、さぞや会員が増えて、
AAは会員数の拡大を伴う成長を遂げているのかと思わせる。
が、実際には2007年度に増えた会員は5名で、
2007年度の会費収入は、僅かに80万円弱だと、
AAの会計報告で示されている。

この会計報告なるもの、杜撰なともいえないほどの、
おおよそ荒唐無稽なものであることは、
101回目のAA
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/06/01/3556170
で、書いた。

一応会計報告だということで、中間報告との比較から、
AAの活動を支える経営状況をざっと眺めてみることにした。

会員については33名。これは所有権確認訴訟で、
AAが提出した資料にあった数値だということだ。
これにこの一年で増えた会員5名を加えても38名。
4月以降にも数名は加盟したとしても40名といったところでしかない。
会費収入は80万円弱。
里親収入というのは、バーチャルオーナー製なども含むものなのだが、
これが2007年度では60万円弱
グッズ販売が50万円弱、バザー収入が20万円強
募金箱収入が46万円ほど、
その他の収入というのが2つ口あり、
ひとつは8万円弱、もう一方が大きく253万円強ある。
募金収入は中間報告より減っているので、評価の仕様がない。
もしかしたらシェルター基金を除いたのかとも思ったが、
シェルター開設資金が支出に含まれているからありえない。
「ひろしまドッグぱーく」を別としているのかとも思ったが、
それならあの余剰金がどこに消えたのかとなる。
5000万円も残していたのだ。
とにかく、会計報告を信じたらAAの収入は、
2007年度の一年間で520万円ということになる。
収入の細目にシェルター基金や有料スタッフサポート基金、記念植樹など上がっていないが、
募金収入が中間報告より2000万円以上下回るという異常事態なので、
2007年度には一切の募金がなかったということと推測するしかない。
またオークションでの売り上げなどがグッズ販売に含まれているのかも不明だ。

とにかく彼らの報告での2007年度収入は
最大で520万円だ。
この額のほかに支援品が乗っかってくる程度。

支出のほうはというと、
福利厚生・人件費の約314万円がまず上がる。
この内訳のうち福利厚生費が中間報告と同等と見て多くて100万円。
人件費が220万円程度と見られる。
これは、シェルター開設に伴い発生したものと見るほかなかろう。
それまで彼らは無料のボランティアといい続けていたからね。
本格稼動から4ヶ月で220万円程度なので、
有料スタッフサポート基金に書かれていた月50万円の予算、
すなわち年間600万円の人件費は、本当に使用してしまうこととなる。
人件費だけで、AAの活動基盤の540万円を超えてしまうという異常な事態が見える。
旅費交通費・通信運搬費で200万円が一年間で使用されている。
こちらもシェルター開設後増加傾向と見られるから、
年間に直せば400万程度にはなりそうである。
光熱水料費も2007年度で100万円を超える。
都島のものは年額30万円程度なので、
高島での額は、おおよそ65万程度は使ったと見てよいだろう。
これも3倍して約200万円。
現在の灯油の値上がり具合から見たら、さらに嵩むかもしれない。
医療費も220万円程度使っている。
ただし、ほぼすべてが繁殖場からのレスキューなのにこの額であるのはおかしい。
不妊費として引き取った人から受け取っていたのだから、
医療費トータルはもっと大きくなるべきと考える。
飼料費は、これまでプレミアムフードの寄付を要求してきていたので、
企業からの支援がとめられている現況を踏まえれば、
支援者からの寄付である程度は賄えたとしても、
常時100頭いれば、年間必要量が約5000キログラム。
そのうちの6割を購入すれば160万円程度。
(AAの指定銘柄であれば15キロのもので8000円程度する)
賃借料は2007年度に460万円掛っている。
シェルター開設に伴って、倉庫などが解約されるのかもしれないが、
依然として都島関連のものは残るだろうから、
少なく予想しても都島事務所と駐車場で年額200万円。
もし、今里事務所と倉庫も引き続き借りるのなら400万程度いるだろう。
ここで気になるのは今里事務所。
確かAAの看板外していて、別の事業に使っていなかったか?
そんな会計をAAが出していていいのか?

支出のほうのトータルは1800万円から2000万円

2008年度の繰越額は2000万円強。
これに2008年度収入が加わり、約2600万円。

余裕があるとは思えない。
身の丈を無視した活動だと、自ら証明する会計報告は無残だよ。
粉飾決算するよりはましなのかもしれないが、
消えた募金の説明はしてもらわんとあかんがな。

AAには、会計報告の明細を中間報告のように、
細目まで公開してもらいたいものだ。
でないと、拠点増強などしてもらっては未来に傷を残す。

ほんとうは、ほかのことも書きたかったが、
きょうは、ここまで。

保護活動とは、なんだろう。2008-06-17

僕がAAを追い始めた最初の頃に
「保護活動を語ろうか。その前に」
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2007/01/18/1120322
との記事を書いた。

その中で言いたかったことは、
家庭で飼われていて大切に育てられた犬を引き取るのと違い、
放棄され他犬を引き取るのは大変なことであること、
なかでも病気の犬を新しいかて主に譲渡し、、
その治療やしつけに至るまで飼い主として名乗りを上げた人に、
保護団体がまる投げしたら、
その時点で保護団体として適切でないといいたかったのだ。

今日、来夢さんが言いたかったことをわかりやすく表現してくれている。
http://ciao.as.wakwak.ne.jp/11238/blog/index.cgi?day=2008/06/16&jumpyear=2008&jumpmonth=06&loginno=
そうなのだ。来夢さんの視点が大切なのだと思っている。
そのように眺めたとき、AAが誇らしげに語った「ひろしまドッグぱーく」は、
救いようのない愚挙となるのだ。

「ひろしまドッグぱーく」の犬たちを、
健康とは言えない犬を引き取られた飼い主たちが、
少し前に2ちゃんねるにて、犬を迎えた頃の体験として語られていた。
その書き込みは、本当に犬を救ったのが誰かを物語る。
2ちゃんねる掲示板を見ていただいてもよいが、
幸いにしていろいろな人が引用して紹介している。
そのうちのひとつの記事を紹介する。
ぜひ、AAの活動の本質を見誤らぬよう、読んでいいただきたい。
里親の心
http://chang4.cocolog-nifty.com/aa/2008/06/post_4e09.html
嫌がらせの数だけ活力になる パート2
http://chang4.cocolog-nifty.com/aa/2008/06/post_a40d.html
いずれも「AAを告発しました」からのものである。

どうだろうか。新しく飼い主として名乗りを上げた人、
ホストファミリーとして活動していながら蔑ろにされた人、
この人たちの言葉の重みを考えて欲しいものです。

「惜しみなく、保護活動のノウハウを提供し、日頃の成果を発揮して協力していきたい。」
林代表の言葉の空疎さは、彼らの書き込みから理解できないだろうか。

保護団体の真意って、どこにあるの?2008-06-17

NO-AAs!!! 反対する住民ろぐ
http://noaas.blog99.fc2.com/
には拍手コメがある。
そこで「命を救う会」名乗る自称静岡県の愛護団体者が発言していた。
そのことは「100回記念 」とした記事で感想を書いている。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/05/31/3552161
この自称愛護団体の活動家は、
その後も書き込みを重ねている。
その内容は、あまりに腹立たしいものである。
元広島支部長にして前AA理事の安田氏のブログ移転に伴う、
被害意識丸出しのコメントに並ぶ、
無責任な書き込みだと思っている。

少し長いが「命を救う会」氏の書き込みを全文引用し、
愛護活動家の真意について、
「命を救う会」氏の考えが一般的な活動家の想いなのか問いたい。

「命を救う会」氏は、AAが集めた募金が、
林代表・統括の生活費となって当然とし、
高島シェルターを林代表・統括の個人住居とし、
募金を我が物にしていることを正当化し、
殺処分される犬がいるのは、、
高島銃民のAA不信とAAに不実を見るもののためだとし、
法律に触れても犬のために行動するという林代表の言葉は無視し、
触法せずに反対運動するものを道徳すら守れないものと断罪し、
地元住民が対話を続けようとした事実も無視し、
AAとの対話拒否が住民の意思と書き込んでいる。

どこの誰かは知らないが、
支援金は個人のために、生活費にしようが、
自分の財産にしようが当然だとしているのだ。
もし、ほんとうに保護団体なり愛護団体の活動家が、
このような書き込みをしたのであれば、
絶対に寄付などしてはならない。

このような考えが一般的なのであれば、
静岡の保護活動家は腐っている。
こんなものを支援する必要などない。

いくつ者会社を経営し、働かなくたって生活できるといい続けたのが、
林代表の公式発言として残る。
大阪動管に引き出し拒否されたのも林代表たちの、
反省すらしない態度が原因である。
そうしたことさえ見ない保護団体の活動家がいる。
この事実はしっかりと伝えていかねばならない。

正しい動物愛護の精神を発展させるためには、
すべての愛護団体。保護団体は、
いったん解散し、保健所などへの登録と監査機関からの評価を受け、
報酬等の規定も明らかにして、再出発すべきだ。
ARKもALIVEも、その他のNPOなども含め、
この静岡の活動家の評価ができないのであれば、
そんな保護団体は消えてなくなればよいと思っている。


以下が、書き込みの全文。
最後から2つ目の投稿は、さびの効いた褒め殺し。
この発言者のいやみが通じる相手とは思えないが。

命を救う会 :
アナタ達は自分の家を遠くから除き見されて、ある事、無い事言い触らされて黙っていられますか? 人気犬種だけを救助して売ってるとか… ペットブームで大量繁殖された人気犬種のブームが去った後の結末は、身勝手な飼い主によって処分センター行きになったりしている現状をご存知ですか? 処分センターに連れて来られた犬達の殆どが人気犬種なのです。 保護活動をしていれば必然的に人気犬種が集まって来るのがわからないとは… アナタ達のおかげで毎日、何頭の犬達が炭酸ガスで殺されてるか… 救える小さな命がアナタ達の卑劣な活動によって亡くなっています。人間さえ良ければ他の動物はどうなっても良いと考えている方達が多いのには悲しいですね。 静岡県 某愛護団体 (団体名を明記するとコチラが攻撃され保護活動が出来なくなる為、伏せさせて頂きます)

命を救う会 :
AAさんは現在、処分センターから犬を引き取っていません。反対派の皆さんや原告の会の皆さんが大阪の管理センターに集中的に電話を入れた為、大阪市がAAさんによる処分センターからの引き取りを拒否されました。その為、今も毎日数頭の犬達がガス室送りになり苦しみながら死んでおります。 救える命が救え無い悲しみやもどかしさがわかりますか? 反対運動も結構ですけど、その為に小さな命は犠牲になっても構わないのでしょうか? 社会のマナーが理解出来るのでしたら、覗き見や悪質な妨害はマナーに反するかお分かりになられるハズですよね~ •

命を救う会 :
もちろん、家族とも言える飼い犬を処分センターへ持ち込むのは無責任な飼い主達です。 反対派の人達が大阪の処分センターへ電話攻撃して救え出せなくなったのも事実でしょう。 大阪の処分センターへ聞いてみれば判る事だと思います。 AAさんでは、シェルターをご覧になりたい方は、直接シェルター起こし頂いて中をご覧になって下さいと言われてます。 遠くからの覗き見では、大型犬が雨晒しになっているのか雨の中、運動しているのかわからないと思います。朝からPM2:00は清掃や消毒などで忙しいらしいですから直接ご覧になられるのでしたらPM2:00~夕方にされた方がよろしいでしょう。 事前連絡をお忘れなく。 AAさんに限らず愛護団体では、犬達の世話をする為、常時スタッフが滞在しております。 林代表がそこに住まわれていて林代表名義であれば持ち家兼シェルターですよね。林代表が個人の持ち家を主張されているのは悪質な覗き見や深夜にシェルター近くまで来て覗いている人達に対しての嫌悪感からだと思います。林代表やスタッフの方達の生活費は国から援助されてますか? 生活費はどうするのでしょうか?

命救う会 :
AAさんに募金していはる方達は林代表やスタッフの方達の生活費も含かめて募金だと考えていると思います。住宅も含むシェルターを募集で作ってはいけないのでしょうか? 林代表がそこに住み込み犬達の世話をする為の住宅を募金で作ってはいけないのでしょうか? 全て犬達の為です。広島DPの募金を他の犬達の為に使われたくないとおっしゃる方達が私には理解出来ません。 マナーの件ですが、法律に触れなければ何をしてもよろいのでしょうか? 私もマナーの講釈を言えるほど立派な人間では有りません。アナタ方はいかがですか? マナーを守っている立派な人間と自信を持って言えますか?

命を救う会 :
大阪処分センターの件ですけど、反対派の方達の電話が引き取り不可能になった全ての原因では無いかもしれません。しかし反対派の方達の電話で引き取り不可能になった事も事実です。管理センターでは他の事業に支障をきたすとの事らしいです。 里親さんに譲渡する時の里子に掛かった経費以外は取ったりしていませんよ。AAさんのHPの『譲渡条件』に詳しく記載されています。里子に掛かった費用を全て里親さんに請求したら何十万円となるハズです。里親さんから頂くのは最低限にされていると思います。 地元住民様には納得がいくまでAAさんと話し会われて欲しいと思います。地元住民様の中には『そんな犬、殺していまえ~!!』と、叫ぶ方ばかりでは無いと思います。話せば必ず分かって頂ける心優しい方が多いハズです。是非、AAさんとトコトン議論して頂きたいです。AAさんの方では、地元住民様に迷惑が掛からない様、日々努力されてるとの事です。地元住民様とモメたいなどとは絶対思って無いハズです。この件は周りから茶々を入れずAAさんと地元住民様との間で話し会われた方がよろしいのでは無いでしょうか。

命を救う会様へ :
長々ご回答ありがとうございます。pamさんの意見に激しく同意なので今更長々書きませんけど、あの募金に代表や、スタッフの生活費まで仕組まれていたなんて初耳ですね~w 私、保護をしてる方って仕事を持っている方や、主婦さんしかお会いしたことないので、募金で生活している方がいるとは勉強不足でしたわwAAさんの会計報告は去年の1月から丸一年以上公開されてないようですが、次の会計公開では生活費も乗せてくださるはずですよね?それが礼儀ってもんですもね。私はマナーに関しては詳しくないので何とも言えませんが、ご近所、仕事関係者、などなど関わる人にご迷惑を掛けて知らん振りできる生き方はしてないと思います。間違いがあれば正す努力もします。マナーのことは小さな命を救う会さんのほうが良く分かっていらっしゃるのでは?犬の為になんでもしたいというあなたのお気持ちは素晴らしいものです。ご自分の活動に専念なさってください。私も自分の応援する会のお仕事がありますのでここらへんで失礼します。管理人様失礼しました。自然や生活を守るための活動、ささやかながら応援しております。

命を救う会 :
皆様 長文の書き込み失礼致しました。 AAさんの活動に疑問を持っておられる方は是非AAさんの日誌を最初から最近までご覧下さい。この度、いい加減な書き込みや罵声的な書き込みをする方が一人もいなく、皆様が真剣に議論して下さった事に心から感謝致します。 管理人様、大変失礼致しました。 私は、これからもAAさんを応援します。 皆様、有り難う御座いました。



(追記)
さて、全文紹介してみました。
「命を救う会」氏は、本当に静岡の保護活動家なのでしょうか。
僕には、あまりにも主張が林氏よりのため、
実は静岡の保護活動家というのは、
AAの関係者の成りすましじゃないかなんて見えてしまうのです。

それにしても「命を救う会」氏は林代表・統括を指して、
「住宅も含むシェルターを募集で作ってはいけないのでしょうか? 林代表がそこに住み込み犬達の世話をする為の住宅を募金で作ってはいけないのでしょうか?」
とするあたり、この人も同じことをしたいか、しているんでしょうね。
たかりで生活することが当たり前。なんですな。
労働対価としては適当な額が支払われるのはよいが、
自宅を建てるのに使われることは誰しも想定していません。

「掛かった費用を全て里親さんに請求したら何十万円となるハズです」
なんて言葉を入れていますが、
単純に犬の経費としては、医療費と食費だけ。
AAの会計報告からは、
一頭あたりなら2万円も掛っていないことが説明されている。
まあ、企業からの支援が途切れたこれからは、
餌代とか掛るでしょうが、医療費は増えないはず。
疥癬犬の治療もして、フィラリア予防も狂犬病も、
その他のワクチン接種も不妊費も含めて、
2007年度の医療費は300万円もかけていない。
一頭引き取ってもらうごとに2.5万円以上申し受けているはずだから、
(メスなら3.5万円から)
医療費の一部負担金収入は、最低でも320万ある。
あらら、ですがな。

そもそも持ち出し覚悟の活動じゃないか。なにを甘えたことを言う。
助け出した犬が団体の力がなく死に瀕するのなら、
それは他人の善意をあてにした計画性のかけらもない、
無軌道な活動を展開したAAの罪。
責任を、もともとは支援者足りえる人たちに向けてしまうのはお門違い。
見通しの甘さを露呈した、AA体質の問題であり自己責任だ。
この根拠のない擁護文の書き手、
この人の関わる団体も、炙り出して消えてもらうべきだと心底思う。
うん?自作自演てな落ちがつくのはご勘弁。

NO=AAsさんでアクセス解析してくれたらいいのになあ。

水の城 いまだ落城せず2008-06-18

風野真知雄   祥伝社   670円

戦国時代というのは、ほんとにさまざまな奇妙な事実を残す。
織田信雄・徳川家康連合軍と秀吉の戦いなど、
戦術的にポイントを稼いでいた連合軍が、
秀吉の調略によって信雄が講和を結んでしまい、
振り上げた拳を下ろせなくなった家康の戦略的敗北を招いたばかりか、
佐々成政の北国での立ち枯れを招き、
結果として信雄の自滅へとつながってしまう。

そうかと思うと関が原では20万石程度の小大名が、
200万石もあろうかという大大名を盟主に担ぎつつも、
事実上の指揮官として戦うという妙な現象を出来させた。
関が原では必勝の布陣の西軍は、
有力大名が戦闘に加わることさえできないまま、
壊滅的な敗北につながり、
長曽我部の断絶などという笑えない事態を招いている。

こういう奇妙な事態というのは、実にあちこちで起きているのだ。

豊臣政権んが徳川の帰順により、磐石な政権となったのに、
時代が読めなかった関東の雄・北条氏は、
その名門意識を捨てきれず、国内情勢輪も読み違え、
秀吉との全面対決へと突き進んだ。

20万の兵力で関東に信仰する秀吉軍に対し、
北条氏は関東一円の武将を小田原に結集させ、
徳川や伊達の支援を期待して篭城に入る。
積極的な作戦も選択できたのにもかかわらず、
ただ、名状と名高い小田原城にのみ恃む篭城。
戦闘らしい戦闘もなく、、ただ巨大な兵力同士で対峙している間に、
秀吉は部隊を分散させ、関東の諸城攻略に着手する。

多くの城が数日で落城していく中、
平城の忍城だけは、わずかな兵力しかないのに、
2万の軍勢を前にしても落城せずに持ちこたえ、
小田原開城後まで、最大で5万の兵に囲まれても守りきった。

この奇跡的とも言える篭城戦を題材とする快作だ。

忍城に籠もるのは、武士と足軽合わせて500名。
勇将で知られる成田肥前守を城代に、
周辺の農民などの入場者を含めて3000名。
対するは石田三成を総大将とする大谷吉継勢を含む20000人。
5000が籠もる館林城を3日で落城させた勢いのまま、
忍城に押し寄せてくる。

開戦の最中、頼みの肥前守が病没し、
変わって総指揮を取ることになったのは成田長勝。
これといった戦闘実績もなく、茫洋とした人物である。

目から鼻に抜けるような聡明さを持つ三成とは、
長勝という男は対極ともいえる凡将だといえよう。
なのに、この長勝がしぶとい。
百章・町民の意見も吸い上げ、
三成軍の猛攻を凌いで行くのである。

6月5日に始まった戦闘は、途中水攻めにも耐え切り、
次々と増援部隊が集まる中、名将真田昌幸などが着陣してきてさえ、
7月11日までの38日間、その防備を崩されることなく、
ついに関東で唯一落とされることなく、生き残るのである。

痛快至極な物語をぜひ堪能あれ。

黄土の旗幟のもと2008-06-18

皇なつき   ウシオ出版   600円

著者は1967年生まれということで、現在は40歳を超えたというところ。
大学で日本文学を学んできたということだ。
題材には中国や朝鮮の歴史を扱ったものが多いが、
西洋ものやファンタジーも手がけるという。
イラストレーターとしての活動も多く、『岳飛伝』などの表紙も飾る。
漫画家としては当初『あすか』を中心に活動していたということだが、
現在は他の雑誌に連載しているとのことだ。

さて、『黄土の旗幟のもと』はコミック文庫として2005年に発売された。
表題作<壱>から<参>ほか、全6作品が収められている。
初出年度は1991年から1996年までのものが入っている。
『黄土の旗幟のもと』が本作品集の大半といってよい。
物語の舞台は明末となっている。

歴史上の事実に、
著者の造形した人物などを加えて構成したものと思う。
李巌=李信という公子が、明に見切りをつけ、
農民反乱軍の李自成に加担する中での苦悩を描いている。

李自成は実在の人物であり、
清に圧迫を受けていた明末に、
李巌の進言を受け入れ、「均田」「免糧」と軍規の保持を掲げ、
多くの農民の支持を受け、明の首都北京まで占拠した。
しかし、従うものが多くなっていくと伴に、
軍規も緩み、北京占領後、わずかな期間に人心を失い敗北、
ついには敗死した人物である。
時代が大きく動く中に生まれた英雄の一人といってよいだろう。

精緻な画と、李巌という魅力的な人物を据えた佳作だが、
李巌が合流し、民を糾合していく前で物語が止まってしまっている。
残念ながら未完の作品という印象しか持ち得ない。

夏期限定トロピカルパフェ事件2008-06-19

米澤穂信    創元推理文庫   571円

春季限定いちごタルト事件   
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/02/04/2602294
の続編。

ミステリーズに掲載された作品2編に書下ろし4編を加え発刊された。
一夏に渡るこばと君と小佐内さんの冒険の数々が、
美味しそうな、というよりあまったるいスイーツを伴って、
時に軽やかに、時にヘビーに物語の中に誘っていく。
6つの短編は、それぞれが独立して謎解きとなっていて、
独立したミステリとしても上質なものとなっっている。
が、それらの別々の謎解きが、最終的にはひとつの物語となるよう、
絡み合うように更正された連作短編となっている。

小さくて、おぼこい風貌の小山内さんと、
知的で鋭さを持つ小鳩君の間には、
中学のときからの付き合いがあり、
互いに、抜きん出た他を超越する能力の発揮を抑えあい、
目立たない小市民として生きようという同志愛で結ばれている。
小鳩君は類まれな推理力、小山内さんは徹底的な復習癖がある。

二人の間には恋愛感情というものは少ない。
これは前作から読んでいたら感じられるところだ。
ところが本作品集では、序章から二人の間には甘さが感じられる。
ひと夏の間、小佐内スイーツコレクションを二人して訪れる。
その端緒となる『シャルロッとだけは僕のもの』から、
二人の間には、余人の入り込む余地のない交流がある。
二人の観察力の高さも、ほぼ互角。
楽しそうに見えて仕方ない。

いくつかの短編を読み進めていくと、
「小佐内スイーツコレクション」を軸に次々と謎が生まれていき、
第4章において小佐内さん拉致されるという事件に発展し、
拉致した相手の犯罪歴が明らかとなる。
小佐内さんは小鳩君の活躍で無事保護され、
更なるスイーツコレクションめぐりが約束され、ハッピーエンド。

のはずが、終章で小鳩君による全体の謎解きがなされ、
小佐内さんの狼としての全貌が解明されるという仕組みになっている。

終章での二人のスイーツ行脚での会話は、
甘すぎるゆえに苦い。

できるなら、再び二人が一緒に活躍するところを見たいものだ。

デビルマン(全5巻)2008-06-19

永井豪   講談社

この文庫版は、発表当時のものに手を加えたものとなっている。
オリジナル版をほぼ踏襲しているのだが、
ところどころ後年に書き加えられた部分が加わり、
発表当時のものと、微妙に印象に違いがある。

手塚治虫以降にも、巨匠といわれる漫画家はたくさん生まれている。
その中でも、永井豪という存在は、
きわめて重要な位置を占めているのじゃないかと思っている。
単純な世界観ではなく、
いくつもの読み方が可能な作品世界を展開した点で、
天才とも言うべき存在になったのではないか。

『ハレンチ学園』でジャンプにて物議をかもし、
スケベで売っているとPTAから批判されたスタート。
確かに女の子の裸を書き性表現を少年誌に展開したのは、
時代から見て早すぎたのかもしれない。
永井豪はその批判から、学園の生徒が自由を守るために戦い、
そして次々と命を落としていく様を描いていき、
単なるスケベ漫画ではなくならせたのだ。
『ハレンチ学園』は、ストーリーそのものが抵抗へと変化していった。
異質なものを粛清していく過程を書ききった。
そういう意味では、筒井康隆の『俗物図鑑』に似た味を持つ。
『ハレンチ学園』以降も、スケベでコミカルな作品を描き続けていたが、
どの作品にも、振り返れば社会病理を風刺する味があった。

『魔王ダンテ』の発表後に連載された『デビルマン』で、
永井豪は神と悪魔という2言論を超えて、
もっと混沌とした世界観を作り上げた。

『デビルマン』は、
人類の繁栄する前に地球に繁栄を誇ったデーモン族が、
永の眠りから醒め、盟主の座を人類からの奪還を図っているとした。
自らを実験台とした飛鳥教授の一人息子・了が、
デーモンに対抗するには人がデビルマンとなって闘うしかないと、
主人公・不動明に働きかけ、明をデビルマンにし始まっていく。

明は、明としての意識を保ちつつも、デーモンの滾りを持ち、
次々とデーモンを打ち払っていく。
しかし、デビルマンとしてデーモンを倒すたびに、
人がデーモン化していくのだ。

過去・現在において、デーモンと人類の間には、
小競り合いが耐えなかったことも明は追体験していく。
人が時としてデーモンより残酷であることも発見する。

しかし、人としての意識を持ち続ける明は、
数少ない愛すべき人を守るために、人類のための防壁たらんとし、
デーモンに精神を奪われなかったデビルマンとなったものを糾合し、
デーモンと対決する準備をしていく。
了も、明の支援をするべく原点に立ち返り、
デーモンとの戦いを有利に進めるため調査しようとしていた。

ところが、了が実はサタンであり、
了として人間界にいたのは、人類の弱点を見極めるためだった。
自らの実体を悟った了は、明のデーモンとの合体を見せ付けることで、
人類の猜疑心を利用し互いに争わせるよう仕向ける。
デビルマン狩りが始まっていく。
突然の暗転に、明は愛すべき人たちから離れなければならなくなる。
それでも人としての自分を意識していたが、
世話になっていた牧村一家が、人の手によって非業の死を遂げ、
人でもない、デーモンでもない喪失感に沈む。
その中から唯一の答え、牧村美樹がいる限り守るべきものがある、
だから闘うと思い定め、美樹の元に急ぎ向かう明が見たのは、
美樹の無残なる姿、サバトと化した殺戮現場であった。

もはや守るものとてない明は、自滅していく人類に介入せず、
滅びるに任せ、
デビルマンを結集し、サタン率いるデーモンとの最終戦争に突き進む。

結末の静寂さは、サタン=了の述懐が心に痛い。

『デビルマン』以後、さらなる大作『バイオレンスジャック』でも、
永井豪の世界観は変容していく。
善と悪の対立でない混沌さが永井作品の輝きを高めている。

『デビルマン』はアニメにもなっていた。
こちらは牧村美樹を守るためにひたすら闘い続ける明の物語だ。
どちらかというと、善悪の対立的要素に近く、
ヒーローものの系譜となっている。

ゆめつげ2008-06-20

畠中恵   新潮社    580円

しゃばけシリーズで人気の著者の近刊文庫。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2006/02/17/256926
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2006/03/02/275268
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2007/05/22/1525465
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/03/03/2688097
しゃばけシリーズは文庫化されたものは読んできた。
『ゆめつげ』も、しゃばけシリーズかなと思って読むことにしたが、
全く別のものであり、しかも長編だった。
似ているところは、舞台が江戸時代の江戸という点と、
主人公がちょっと不思議な力を持っているお人好しさんというところ。

小さな神社に一人の宮司と兄弟禰宜(神官)がいる。名は弓月と信行。
しっかり者の弟に、ちょっと頼りないけど、夢占いが達者の兄・弓月。
神社のほうは井戸の蓋は腐っているし、
雨漏りはするしで、金が入用で仕方がない。

そんな神社に格式の高い神社から権宮司・彰彦が訪れてきて、
夢告(夢占い=ゆめつげ)で、行方不明の子どもを見てと依頼する。
父・宮司に結構な額の礼金を提示されたものだから、
弓月は依頼を断ることもできずに夢告をする。
そうしたところ、見当はずれな結果が出たにも拘らず、
彰彦は、依頼には仔細があるので神社まで来てくれという。

いやな予感を感じつつも、神社に向かう兄弟。
道中、辻斬りに出会い、岡っ引きに危うく助けられたりと、
予感は現実になっていく。

着いた神社では、大金持ちの札差夫婦と彰彦のほか、
3人の子どもとその親がいた。
依頼は札差の子どもを特定して暮れとのことである。

弓月は仕方なく夢告を試みるが、出た答えは誰もいないという結果。
納まり切らぬ一同は、再度の夢告を要請した。
そしたら今度はそれらしい姿が見えた。
結果に戸惑いながらも、一同は、それぞれの主張を繰り返す。
そうこうするうちに一人の親が殺害され、
一同の周りには不穏の影が。

短期間に夢告を繰り返す弓月は夢に捉えられて行くしで、
混沌としていく中、ついに二人目の犠牲者も出て、
ついには軟禁状態になっていく。

幕末の世情を絡ませた判じ物は、やがて意外な結末を迎える。

人情味に溢れる佳作です。

それにしても彰彦が弓月に拘る理由。
夢告ができる能力の保持での血のつながり、
弓月が序盤で漏らした『赤の他人』が正しいと思うのだけどね。

IRO国際救助犬試験に合格2008-06-21

合格したよ
本日は朝6時に起きた。
というのは、「そらん」が国際救助犬試験を受験するからだ。
2005年から試験を受け始めて今回が7回目の挑戦となる。

初めての受験は捜索のみの受験だった。
僕が見に行ったら、捜索中に逃げてきて、
審査員から退場を言い渡された上、
その後も捜索する対象が簿間になってしまって大失格。

で、やっぱり飼い主としては『そらん』の活躍を見に行きたい。
だが、見に行ったら『そらん』の注意が僕に向けられ不首尾に終わる。
だから指導手となったら見にいけるだろうということで、
この後は、僕が試験を受けに行くことにした。
最初はチームテストから。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2005/12/03/164754

次の挑戦は2006年3月。
仕事の都合で見に行かなかったときで、
捜索は最後までしていたということだが、
まだまだ経験不足もあり、結果は不合格。
このときは一人見つけたが、規定が変わっていたことも一因。

その次が2007年3月。
いきなりの室内捜索となって、何をしたらよいかわからぬうちに終了。
日を改めて行った熟練も服従も惨敗。
続けて横浜まで遠征しての認定試験。
これも一人で行って、大恥かいて帰ってきた。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2007/04/26/1467114

これでめげたこともあり、この後は訓練士さんに任せ、
合格するまで見にも行かないことにしたのだ。

2007年10月には寒川で、
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2007/10/30/1880472
2008年3月には兵庫で、
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2008/03/09/2719933
それぞれ認定試験を受けたものの不合格。

そうして今日が7回目の挑戦となったのだ。
結果は合格だ。やったな。「そらん」。
捜索 169  服従 44  熟練 43  合計256点であった。
まだまだ修行は続く。まだA段階に合格したに過ぎない。
この上のクラスはB段階となる。
A段階は被捜索者2―3名で15分間。
B段階は被捜索者3―5名で30分間。
時間が長くなることで、犬の集中力の保持も困難となる。
でも、『そらん』の能力は高いと思っているので、
訓練士さんに任せていれば、合格するかもね。

合格したらお笑いコンビの復活と考えていたが、
ここはよく思案しなければね。
僕がハンドラーをしていては、絶対に通ることはないから。

高島シェルターを見てきた。2008-06-21

『そらん』が試験に行き、『はいら』とどこかに遊びに行くにも雨の予報。
試験には顔を出したら、『そらん』の気が散って不合格になるし、
さてどうするべ、と考えた。

昨年より、しきりと話題となった高島シェルター、
いつかは見に行かねばと考えていたから、
急遽、本日見に行くことに決めた。

幸い『そらん』の送り出しのため早起きしていから、
8時過ぎに家を出ることができた。
京都東ICまで約70分。そこから161号線で50分。
高島シェルター前には10時50分ごろに到着した。
土曜日でこの時間が掛ったので、
普段ならもう少し掛るだろう。
これからの季節は湖水浴にも家族連れが来よう。
冬ならスキー客でも込みそうだ。
実際には京都東から70分程度と見たほうが妥当だろう。

303号線を越えたところで高島バイパスを側道に降りると、
まず信号がある。そこで早速一つ目の看板を発見。
左折し、500メーターほどの信号で右折。ここでも看板がある。
道なりに進むとAAと地元が会合を持った集会所とバス停がある。
集会所から見るシェルターは風景に馴染まないもの、
そう僕の目には映る。
この付近の水田には、それこそ多くの建て看板がある。

シェルターの真正面には進出反対期成同盟の大きな建て看板。
日置神社の入り口横にも建て看板。
あちこちに建てられている看板の数が、
地元にとってのAAの立場を物語っている。

『はいら』をつれて付近を散策する。
心なしか僕を見る人の目が痛い。
これは観光地ではない場所で普通に感じる視線より、
少しきつめという感覚だ。

そういえば最初は集会所の位置がわからず、
いったんシェルターの正面入り口付近に寄ったとき、
農作業をする人の目が、僕の車に向けられたときも、
同じような視線だった。

『はいら』との散歩を終え、シェルターを外から見学する。
入り口の扉は、訪問者にとって威圧感を持つ。
融和ではなく拒絶の印象が強い。

歩きながらAA自慢の施設を見たが人気のない感じで、
G・シェパードがランといわれているところにいる。
W・シェパードは奥のほうの犬舎のごちゃごちゃした場所から、
顔を覗かせていた。
ざっと歩いてみての印象は、
なんだか混沌とした施設だとの印象だ。
ライトハウスなどの施設を見た印象との差なのかもしれないが、
整理整頓という感じがない。
思っていたよりはましなものだったが、
明るく開放的で清潔というものではない。
施設前の道路を歩いた限りでは、特別に匂いは感じない。
しかし、一頭が吠えると、何頭かの犬が連鎖的に吠え、
結構な大きさとなる。
昼間で気になるくらいなので、
夜ともなれば近接する住居では煩いと感じることがあるかも知れない。

農作業をしている人と話したが、
今のところはこれといったことはないと話されていたが、
やはり犬の鳴き声がけっこうするとされていた。
林夫妻はクルマがあるからいるだろうとのことだった。

約一時間現地にいて、あっちこっちを見学したが、
トータルに判断して、シェルターは田園風景には異質との思いがした。
帰ろうと思う頃に、来訪者があったようだ。
クルマで小型犬を連れて二人で訪れていた。
正面に横付けした状態で数分したら、
女性が出てきて門扉を開けていた。

土曜日の午前中は施設には車が2台と少なかったので、
来訪者への対応に時間が掛ったのかもしれない。
活動日誌に書かれているような意味での、
グループ分けによるランで運動させ、
様子を見ているという状況も見られずじまいだった。

今回見学しに行った時間が悪かったのかもしれない。
もう一度見学しに行きたいと思う。