火曜日は訓練。2006-11-08

八ヶ岳の満足は、『そらん』にはたった一日だけのこと。
月曜には、遊べ~、が炸裂している。

火曜日にはジョンも僕もまだ疲れているというのに
『そらん』は朝から元気印なのだ。
訓練士さんが来たら吼えもせずドアを開けクルマに乗り込み出かけたらしい。

木枯らし一号が吹くなか、たっぷりと遊んで訓練していたらしく、
僕が訓練されに行くと、満足していたのか、
オビディエンスむのおさらいは、ほぼパーフェクトに従う。
うれしいことに訓練士さんへの態度と同質のものをきょうは示していた。
いつもここうあれば、『犬の下僕』という本質が隠されるのだけどね。

『そらん』の立ち技を見せてみよう

ワクチン接種2006-11-08

9種混合ワクチンを選んでいるので、
半年に一度ワクチンを受けなければならない。
で、今日ワクチン接種に行った。

きょうは男性の獣医だったので『そらん』は大暴れ。
なかなか検診させません。
女性にだと、もう少しおとなしくさせるのだけれどね。
この前からお尻を地面に押し付けているので、
肛門腺がたまっているのかなと思い、絞ってみたが上手に絞れない。
ついでにきょう絞ってもらいました。
見た目よりたくさんたまっていたので、
『そらん』は定期的に絞ってやるほうがいいみたい。

ジョンは、この前からふけが多いので気になっていた。
相談したら良質の脂肪を取るように助言された。
オメガ3脂肪酸が含まれるサプリメントをあげればよいとのこと。
早速購入せねば。

きょうの診察ワクチン代は〆て19950円。
なかなか小銭もちへの道は険しい。

将棋の子2006-11-10

大崎善生  講談社  590円

第23回講談社ノンフィクション賞受賞作品である。

著者は日本将棋連盟に入り、『将棋マガジン』の編集長を務めた人物である。
天才羽生に挑む村山聖を描いた『聖の青春』で、
ノン・フィクション作家として独立し、作家人生を歩み始めた。

その大崎氏が、
奨励会という過酷な競争の場所で苦闘する奨励会員達を描いた。
奨励会に集う若者達は、いずれ劣らぬ将棋の天才である。
その天才達も、将棋の世界で生き残るためには、
毎年2名だけがプロとしてデビューできるに過ぎない。
それも奨励会に在籍しているのには、年齢制限という壁が立ちはだかるのだ。
3段リーグというしのぎを削る場所で、年齢制限の壁を突き破るには、
確固とした自己抑制を保ち、不断の研究が不可欠なのである。
プロとして名人・棋聖を目指す天才達も、
青春を賭けた闘いの中で、夢破れたい会を余儀なくされ、
後には途方もない挫折感を持ち、新しい人生を築いていかねばならない。
そこには厳しく非常な生活が待ち構えている。

本書では、夢破れ奨励会を去るもの、紙一重でプロとなるもの、
そうした将棋の子が多数登場する。
全体を通した主人公は成田英二である。
北海道出身の成田は小学生のころから天才を認められ、
現役棋士から奨励会入りを進められていた。
しかし、東京での一人暮らしを不安と思い、彼は奨励会入りを見送り続ける。
結果として高校生になってから奨励会入りを果たすのだが、
天才達の集う場所に参加するのが遅かったのか、
結局何もかもを失い奨励会を去ることとなる。
在籍中には、羽生や森内という真性の天才達が、
嵐のごとく席巻して行ったのも、彼を挫折に導く原因となった。

大崎氏と成田は札幌の地で少年のころであっている。
成田の天才を見て、大崎は将棋というゲームから距離を置くようになる。
大学生となった大崎は東京に出て、学生であることに疑問を感じ、
再び将棋という魅力に取り付かれ、
縁あって日本将棋連盟の職員となる。
そこで思いもかけない成田との再会を果たす。

成田は奨励会員として順当に成績を残し、やがて3段リーグに参加する。
その成田を弟のように思いながら、大崎は見守るのだ。
成田の将棋観には、羽生ら新時代の旗手たちとは異なる。
終盤の力を重視する古い哲学を抱いている。
ともすれば序盤軽視とも映る棋風を発展させようとする成田は、
大崎が危惧したとおり3段リーグの壁の前で停滞する。
迫り来る年齢制限の足音におびえ、賭け事に逃げる成田。
さらに追い討ちをかけるように義父の死、
最大の後援者の母の発病。
折り重なる不幸の来襲に、ついには成田の心は折れてしまう。

傷心の成田は、母の死を看取り、故郷北海道で新しい人生を歩み始める。
だが、運命は彼を過酷に追い詰めていく。
苦境の成田の現状を知り、大崎は成田を11年ぶりに訪ねる決心をする。
再開して成田から大会後の流転を聞かされる。
そこで認めたものは、将棋への悔いではなく、誇りである。

奨励会という過酷な競争の場を間近に見続けたものが放つ現実。
その先にある暖かいものがきっと読者の心を打つ。

パートナーズ・ハウスで遊ぶ2006-11-12

昨日が雨で、退屈で暴発しそうになっている『そらん』のご機嫌をとるため、
強い風ではあるものの、天気も持つだろうということで、
湯浅まで出かけることとした。

大体が自由犬の『そらん』は、ここに来るとほんまにむちゃくちゃをする。
800平米のドッグランがあるのだけれど、その中で遊びたいというから、
ジョンも連れて入っていると、突然柵を乗り越えてプールに突進。
一泳ぎしたあとは山の中を駆け上がり、よたよたと追いかけていくと、
今度は一転、駆け下りアジリティーコーナーでしたいほうだい。
その後は、またランに入ってみんなに挨拶をするという。
ジョンも僕も振り回されている。

しばらくするとグレートデーンがやって来て、猛烈に追いかけっこしていたかと思うと、
またもや脱走。山の中を走り回っている。
ええかげん疲れる。もっと聞き分けのいい犬にすべきだったと思うも、
時すでに遅し。

さらにグレートデンが増え、最後は5頭になった。
クル君も来たが、『そらん』は遊んでもらえず残念そう。
グレートデンが5頭いると、ゴールデンが小型犬に見えてしまう。
『そらん』は大きなグレートデンがいたくお気に入り。
シャンプー中にもみんなのところに行きたくて、
大脱走を何度もかましてくれた。

ジョンはジャックラッセルの子が気に入ったのか、
ストーカーのように付きまとう。
結構走って追いかけて遊んで攻撃をしているのだけれど、
吼えているのと追いかけているだけじゃ、誤解されるよ。
遊び方を知らないってのもかわいそうだな。
『そらん』を相手にもっと練習しなはれ。ジョン。

行きは快適だったけれど、帰りは大渋滞。
吉備から海南は、慢性的に渋滞する。
数年前なら、ここまでひどくなかったのに。
世界遺産効果だけとは思えない重態ぶりだ。

トラックバック機能を悪用するバカがいる。2006-11-13


ブログというのは、ブロガー同士をトラックバックという仕組みで結び付けている。
これがたぶんブログを、日記を、書く楽しみに変えているのだろう。
僕自身はこの機能を積極的に使おうとは思っていない。
だからトラックバックを無効にすることにためらいはない。
しかしトラックバックを使いコミニケーションを楽しむことが、
ブロガーとしての楽しみなのだろうと思う。
これらの機能を使うことが、新しいコミュニティーを作り、
おそらく優れた関係を生み出す母体となるのだろう。

さて、たいして読者のいるはずのない、この僕の日記に、
この一週間ほど1000を超えるトラックバックがついていた。
バイアグラだとか、その他の販売を目的としたトラックバックである。
1社が単発である記事にひとつだけつけてきたのなら、
笑って削除するだけである。
だが現実には、同じサイトに誘引するため複数の名称で、
それぞれの名称で複数度、それも一度に60件ほどさかのぼり、
同内容のトラックバックを執拗につけてくる。
削除しても削除しても、繰り返し繰り返す。
さすがにこれには閉口した。

他のブログにも同様の執拗なトラックバックが見られる。
この執拗さを電話でして来たなら、威力業務妨害なりで罪を問えるのだろうが、
ネットでは法整備が整っていないため、国内からの攻撃であれ、
そうした迷惑トラックバックの責を問えないようだ。
海外からであればなおさらであろう。

こういうマナーもへったくれもない相手に苛立ちと怒りを覚える。
なんとか法整備し、こういう非常識な行為がなされた場合、
迷惑料を要求できるようしてもらえないものだろうか。
国際条約化して、批准しない国はネット社会から排除するなどしてもよいと思う。

以前、eーアフィリという名でコメントが大量に届いていた時期がある。
それは鬱陶しいなとは思ったが、一度に書き込みがあったとしても数件どまりだった。
今回のものは一日で200件以上だ。
こういう企みを試みるものたちに制裁を望む。

訓練の日は2006-11-14

お迎えに訓練士さんが来ると、近頃では吼えることも無く、
勝手口が開いていれば勝手口から、
勝手口が閉まっていたら玄関ドアの錠が開いていれば押し開け、
いち早く外に出て歓迎し、クルマに乗り込んで訓練に向かう。
訓練士さんが大好きなのは傍目にも明らか。

訓練場に出向けば、僕を歓迎はしてくれるが、指示に従う意欲は少ない
訓練士への忠誠度は高い。露骨な態度の違いに苦笑する。
『そらん』は僕のことは尊敬していないようなのである。
まっ、尊敬されるような飼主になろうとも思わないから、
問題じゃないけれど、この落差にはチョイ嫉妬してしまう。

今日の訓練では、匍匐がまったくできなかった。
この調子では試験があっても落ちるなあ。

長いお別れ2006-11-15

レイモンド・チャンドラー   早川書房  840円

ハードボイルドの巨匠チャンドラーの代表作。
『長いお別れ』は、その存在を知ってから、実に長い間、
読みたいと思いつつも、機会を逃し続けていた作品である。

フィリップ・マーロウ。
その名の私立探偵は、その後のミステリ界に多大な影響を及ぼし続ける。
ハード・ボイルドに登場する私立探偵のイメージを、
脅迫的に決め付けてしまうほどの異彩を放つ存在である。

『長いお別れ』を初めて呼んだ感想は、「なぜ読まなかった」である。
オールタイムベストの常連に名を連ねるのにふさわしい作品だ。
出版後50年を経て、金銭感覚にずれが生じているところはあるものの、
チャンドラーが描く人間の心のゆがみへのペン先は、
いまでも的確なものだと感じる。

マーロウは酔いつぶれた一人の青年と出会い、心惹かれる。
彼の名はテリー・レノックス。
大富豪の娘と2度結婚し、2度目に妻を殺害しマーロウに助けを求める。
だが彼の無実を信じ、マーロウはテリーのメキシコ出国を手助けする。
そして彼から手紙を受け取る。5000ドルの紙幣と共に入っていた文面は、
『コーヒーをつぎ、タバコに火をつけてくれたら、あとは僕を忘れてくれ』
妻の殺害を告白していた。
遠いメキシコで死んだ彼の言葉は、マーロウに痛みを残す。
だが、別な依頼により、マーロウはテリーの事件に再び関わることとなる。
さまざまなピースが絡まりあい、やがてテリーの殺人の全貌が姿を見せ始める。

テリーとマーロウの友情の行く末には、
あまりに遠い永久の別れにつながっていた。
大傑作。

DEEP LOVE 第一部 アユの物語2006-11-16

Yoshi   スタ-ツ出版  \999(込)

ちょっと前にコミック版「Deep Love パオの物語(」を読んだ。
http://kumaneko.asablo.jp/blog/2006/09/12/520898
そのとき感じたものを確認してみるために、原作を読んでいる。
題名からして胡散臭いと思って敬遠していたし、
読書仲間からの酷評に食指が動かず放置していたのだ。
やはり興味など持たずに無視していたらよかったと思っている。

著者自身の言葉が書籍に載っているが、その言は『愛が救う』のだそうだ。
この第一部のどこに愛があるというのだ。
あるのは唾棄すべき歪んだ精神だけで、愛と呼べるほどのものはない。
愛というものの本質は、僕などが語るべきではないが、
ここにあるのは錯覚というべきものだけでしかないと思う。

本を読まない人に愛を伝えるなどと評価する向きもあるが、
この著作から愛を感じられるのだとすれば、
貧しい精神生活を送ってきたのね、かわいそうだね。

物語を形作るすべてのエピソードは、
過去の作品からウケル部分だけを抜き出してきているとしか見えない。
オリジナルなものなどひとつとしてなく、すべて類型化された表現である。
どうして売れてしまったのだろう。

性愛表現にしたって、欲情を感じさせないから、
多くの人が指摘するように、作家としての力量に届いていない。

携帯で配信していたものに加筆して校正しなおしてこのレベルなのなら、
もともとがどんなものだったのか、想像できない。
ここまで言い切ると、『じゃ、あんたかけるの?』なんて
この作品で感動できた人たちから指摘されそうだけれど、
「でも僕は作家じゃありません。」と答えるしかない。

引き続き第2部を読んでいるが、依然『愛』はない。
この作品に愛を見出せるなんて、
感性が溢れかえっている人であるか、何も知らないかのどちらかだろう。

雨が降る前に2006-11-19

日曜の予報は雨である。
天気予報を見ながら今日遊びに行かないと、
12月まで遊びに行けないと知った。
で、急遽ドギーズパークに出かけることにした。

今日のドギーズパークは貸しきり状態。
2時ごろまで僕たちだけ。
やっと来たと思ったら、コーギーとビーグルのパピー。
「そたん」にとっちゃお呼びでなかったらしい。
遊びに来てくれてるのに知らん顔。
ジョンは少し気に入った様でついて回っているけど、
遊び方がわからない悲しさ、
結局パピー同士がいいらしくて沈没。

「そらん」はボールに執心。結構まともにレトリーバーした。
珍しい。
今日は写真はなし。

帰り道雨が降ってきた。遊びにつれて来てよかった。
この雨じゃ、明日も雨に間違いなし。
「そらん」に責められるのは懲り懲りしているのだ。

彩雲国物語 はじまりの風は紅く2006-11-19

雪乃紗衣 角川書店 \459(込)

2003年に刊行されたライトノベル。
第一回角川ビーンズ小説大賞受賞作品だということだ。
角川ビーンズ文庫というのは、電撃文庫とかスニーカー文庫といった、
YA狙いの文庫の一つという性格のようだ。
電撃やスニーカーは主として男性がターゲットといえなくもないが、
ビーンズは女性が主対象となっている。
したがって少女マンガ雑誌ののりが色濃く出ている。
この彩雲国物語にも、ボーイズラブ的な要素がかなり強く出ている。
また、登場する人物がすべて美男美女という点でも、
少女マンガののりを髣髴とさせる。

物語の舞台は中国の王朝を意識している。
六部制とか科挙といった、中国旺盛を背景に使っている。
それなりに中国古代中世史に、精通とまでは言わないが、
興味を持っているようで、中国史の影響が色濃く出ている。
1巻を読む限り、舞台設定はまあよく練られていると感じた。

名門貴族・紅氏の本来なら棟梁として生まれながらも、
一族より失格とみなされひっそりとした官に就いている父を持つ、
16歳の娘・秀麗が主人公。
お人よしの父は、立身に興味が無く、家計は火の車。
秀麗は近在の子どもに学問を教えたり、アルバイトに精を出し家計をやりくりしている。
父娘には、静蘭という同居人がいる。
数年前に行き倒れているところを養育することとなった男である。
20歳を少し超えたばかりというが、美貌の武芸の達人である。
彼も英詩として働き、家計を支えている。
秀麗は知らなかったが、彼は彩雲国の王家の一員であった。

彩雲国では王位継承者が互いに殺しあう内紛を起こし、
ただ一人・無能とみなされていた劉輝を残しすべて死に絶えた。
劉輝が結果、王を継ぐこととなったがね彼は暗君であり、
政治を省みようとしなかった。
そこで高官が考えたのは、身の回りで彼を善導するものを立てようとした。
そのものには后として入内させ、劉輝に政を学ばせようというのだ。
門跡だけは名門の秀麗に白羽の矢が立ち、
劉輝の教育係りとして入内を果たすこととなった。
劉輝は同性愛者として知られており、女性には興味がないという。
さて、秀麗は無事、劉輝に王としての自覚と責任を与えることができるのだろうか。
と、言うのが本巻でのメインストーリーとなる。

まあいろいろとおかしな点はあるのだが、全体としてはテンポよく、
意外な話が展開して行き、飽きさせることはない物語となっている。
主人公の設定が絶妙で、女性でありながら管理を目指すものの、
男性のみが官吏となる社会に阻まれ、
国を良くしようという大志を燻らせている、平凡な容姿の女性が、
時代をいかに打ち破っていくかという成長物語に続くのである。
主とする読者層にとっては、まことに適した設定といえる。
劉輝と静蘭が仲のよい兄弟であったという点や、
秀麗の父は、本当は凄腕の暗殺者であったとする点などは、
ちょっとやりすぎという感を拭えないが、
物語り全体のテーマから見たときには、目をつぶっていることができる。

YA本としての位置づけで見たら、まあ良品に近いということができる。
ただし、主要登場人物の設定にはとっぴなものが多すぎるのは気にかかる。
この調子で次々と人物が登場すると、得体の知れない小説となる危険をはらむ。